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前ページ次ページハルケギニアの騎士テッカマンゼロ 「ホントに良かったの?」 ワルドのグリフォンの騎上で、上目遣いにルイズは尋ねた。グリフォンの手綱を引く、ワルドへ向けてのものだ。 今ルイズはワルドに抱かれるような格好でグリフォンにまたがっている。 目的地は昨日彼が言ったとおり、ヴァリエール公爵領。ときどき休みながらの、ちょっとした旅行のようなものだ。 「何だい? 急に」 「だってワルド、ゼロ機関とかの仕事で忙しいんじゃない?」 「君の警護も立派な仕事だよ。それにミス・ロングビルは優秀だしね」 「そうなの。そういえば、どんな仕事をしてるのか知らないわ」 「ラダムへの対策が主な任務だけど……今は国中から戦力に使えそうなものを探す方が重要かな。 ミス・ロングビルは今日はタルブ村に向かうと言っていたね」 「タルブ村? そんな所に何かあるの?」 「確か……竜の羽衣の伝説がどうとか」 「竜の羽衣?」 「伝説だよ。本当にあるとは思えない」 緊張しているせいか、口数が多くなっている。ワルドもそれは分かっているので、笑いながら話に付き合っていた。 そうこうしているうちに、目的地は確実に近づいていた。 少しずつ、ルイズの顔がこわばっていくのが分かる。 「ほら、見えてきたよ」 地平線の向こうに、やっと領境が見えてきた。 ヴァリエール公爵領は広い。領境から屋敷まで普通の馬車で半日かかる。 ワルドたちはグリフォンをとばして来たが、それでも時間がかかることには違いない。 やっと吊り橋が見えてきた。 吊り橋は上がっていたが、ワルドのグリフォンの前には大した障害ではない。それを飛び越え、さらに走る。 屋敷の目の前まで来た二人はグリフォンを降りる。グリフォンを樹の辺りに待たせ、屋敷に向かう。 歩いている途中で、ルイズはふと顔を上げた。 「そういえば、ワルドは戻らなくていいの? 近くでしょ」 すると、ワルドは顔色を曇らせた。再会して以来、初めて見せる表情だ。 「ワルド?」 「いや、すまない。僕の領地は壊滅したんだ」 「壊滅!?」 意外な返事にルイズは素っ頓狂な声を上げた。それに対してワルドは努めて平静な感じで応える。 「ああ、ラダムの襲撃があってね。今はもうラダムの植物園さ」 「ご……ごめんなさい。わたし、そんなこと知らなくて」 「いいんだ。もう、過ぎたことだからね」 そう言って笑う。とても寂しげな笑いだった。かなり堪えているのは間違いない。 当然だ。貴族として、領地を失うのは身を切られるように辛いはずだ。 ルイズは自分の迂闊さを心の底から悔いた。 屋敷の大きな門をくぐったところでルイズは足を止めた。 緊張しているのは分かるが、ここまで来て……。 そう思ったワルドが彼女の手を引いて促そうとしたところで、ルイズは顔をうつむけ、言いづらそうにしながらも口を開いた。 「……ねえワルド。一つ、頼んでいい?」 「何かな、僕の可愛いルイズ」 少しでも彼女の気を紛らわせようと軽い調子で言うが、彼女は顔を上げなかった。 「テッカマンのこと、父さまたちには言わないで」 家族に心配をかけたくないということだろう。ワルドはおどけた調子で承諾、ひざまずいてルイズの手をとり、その手に接吻をした。 「承知いたしました。我が姫君」 ルイズは照れて顔を真っ赤にし、ワルドに怒鳴りつけた。 ついに屋敷の目の前まで来た。来てしまった。 しかし、なかなか扉を開ける決心がつかない。手をつけただけで、そこから先に押せない。 ワルドはルイズが扉を開けるのをあえて待っているのか、何も手助けをしない。 「あなたたち、何をしてるのかしら」 そこへ後方から鋭い声が投げかけられた。ルイズは慌てて振り向くが、ワルドはそれを予期していたかのごとくゆっくりと後ろを向く。 そこでは、きつい目つきをしたブロンドの女性が杖をルイズたちに向けていた。 女性の姿を見て、いや見るまでもなく声だけでルイズはそれが誰か分かった。 「エ、エレオノール姉さま!」 紛れもなく、その女性はエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。ルイズの長姉だ。 ルイズの顔と声を聞いたエレオノールは一瞬驚くが、すぐにいつもどおりの表情を取り戻す。 「あら、あなた……ちびルイズ?」 そしてつかつかと歩いてくる。懐かしさに抱きつこうとしたルイズは、いきなり頬を引っ張られた。 「どの面下げて、ここに顔を出しているのかしら~」 「い、いひゃい! なにをひゅるの、ねえひゃま」 その様子を見ていたワルドは、くすくすと笑いを漏らした。その声にエレオノールはルイズから手を離し、ワルドの方に向き直る。 「あなた、ワルド子爵ね。……結婚の報告にでも来たのかしら」 「ち、違うわよ! ワルドはただここまで送ってくれただけで……」 「そう……まあいいわ。入りなさい」 大きな扉を開ける。その先では、ルイズとよく似た桃色の髪をした女性がしっとりと微笑んだ。 「ルイズ……、お帰りなさい、小さなルイズ」 「ちいねえさま!」 ルイズのすぐ上の姉、カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌだ。まるで来るのが分かっていたか のように、ルイズを出迎えた。嬉しさのあまり、ルイズは彼女のすぐ上の姉に抱きついた。今度は頬をつねられるようなこともない。 「お久しぶりですわ、ちいねえさま」 「ルイズ、お顔をよく見せて」 細く白い手をルイズの顔に添えて、顔を近づける。 「まあ、すっかりきれいになって」 「ちいねえさまったら。ね、お体の具合はいかが?」 「ありがとう、相変わらずよ」 ルイズが顔をうつむけたのを見て、カトレアはとりなすように言う。 「大丈夫よ。いつものことだもの」 そこで話題を変えようと、ルイズは別の質問をした。 「そういえば、父さまと母さまは?」 ルイズの質問に、カトレアもエレオノールも顔をそむける。カトレアが口を開こうとしたところで、エレオノールは手で制した。 「父さまは貴族として軍務に復帰して以来、連絡がつかないわ。母さまは……」 「お姉さま、それは……」 カトレアが制止しようとしたが、エレオノールは構わずに続けた。 「……母さまはあんたを探しに行ったきり、帰ってこないわ」 彼女の言葉に、ルイズは大きな衝撃を受ける。自分を探しに行ったということは、トリステイン魔法学院に…… 「あの……姉さま、それってどういう……」 「魔法学院と連絡が取れなくなって、あの化け物が現れたでしょ。それで、あんたを探しに飛び出していったのよ」 「お姉さま!」 カトレアは珍しく声を荒げた。しかしエレオノールはその抗議を受け付けない。 「黙っていてもいずれ分かることよ。ならさっさと教えた方がいいわ」 「それは……ルイズ?」 ルイズは放心したように、両膝を地面に落としている。尋常ではないその様子に、カトレアはしゃがみこんで問いかけた。 「ルイズ、大丈夫?」 「わ、私のせいで……母さまが?」 「そんなことはないわ。あなたのせいではないのよ、ルイズ」 「ルイズ、話があるから後で私の部屋にいらっしゃい」 そんな二人の様子を見下ろしながら、エレオノールはきつい調子で言った。 何とか自分を取り戻したルイズは、カトレアの部屋でドレスを選んでもらい、彼女自らに髪を整えてもらっていた。 心労のせいか、髪の毛はかなり痛んでいた。カトレアは優しく、自分とそっくりな色の髪に櫛を通す。 沈んだままの表情で、ルイズはカトレアに訊いた。 「……ちいねえさま」 「何? ルイズ」 「エレオノール姉さまって、やっぱりわたしのことを嫌ってるのかな?」 「何でそんなことを思うの?」 「だって、エレオノール姉さまったら昔からわたしにいじわるしてばっかで……母さまだってわたしのせいで……」 途中から涙声になっている。カトレアはルイズを後ろから優しく抱きしめ、ささやいた。 「そんなことないわよ。姉さまだってあなたのことが可愛くて仕方ないのよ。心配だから、ついついきつく言っちゃうの。 それに、魔法学院のことを聞いて真っ先に飛び出そうとしたのはねえさまなのよ?」 「え、うそ!」 「本当よ。けど、わたしをほうっておけないからって姉さまは家に残って……母さまが代わりに探しに行ったのよ」 ルイズはカトレアの話に聞き入った。昔から自分にいじわるばかりしていた長姉の意外な一面を初めて知った。 「だから、母さまのことはルイズのせいじゃないわ。むしろ、わたしのせいよ?」 「そ、そんなことない! ちいねえさまのせいなわけないじゃない!」 「ほら、誰のせいでもないでしょ? 母さまは自分で決断して出て行ったの。だから、あなたが気にすることじゃないわ。 分かった?」 「……うん」 長い沈黙の末、ルイズは頷いた。カトレアも満足そうに微笑む。そして再びルイズの髪の毛に櫛を入れた。 カトレアに再び髪を整えられる気持ちよさに身を委ねながらも、ルイズは思った。 誰のせいでもない。ちいねえさまはそう言っていたけど、本当はそうじゃない。 紛れもなく、ラダムのせいだ。そして、それを呼び出したのはわたし……。 カトレアに見えないところで、ルイズは強く拳を握り締めた。 「エレオノール姉さま、入ります」 カトレアと共に、部屋に入る。そこにはエレオノールだけでなく、彼女と対峙するような形でワルドまでがいた。 「あら、来たわね」 ルイズが入ってきたのを見たエレオノールはちょうどいい、とばかりに言った。 ここに何故ワルドがいるのか分からないルイズは、混乱する。 「お姉さま、これはいったい……?」 「ワルド子爵にも聞いてもらうためよ。あなたたち、さっさと結婚なさい」 あまりにも突然のことで、わけが分からない。ルイズは間抜けにも、呆けた表情となってしまった。 「……え? ええぇぇぇぇっ!!?」 やっと理解したルイズは、可愛らしい声を全開にして驚いた。 エレオノールは、ルイズが叫び終わって息を整えているのを見計らってから、発言する。 「もう学院もなくなってしまったことだし、おとなしくうちで花嫁修業でもしていなさい!」 「でも……」 「でも、じゃなくてはいでしょ! あんたたちは婚約者なんだから、別に今から結婚しても問題ないわ!」 しかし、あまりにも突然のことに、気持ちの整理がつかない。 「だって……そうだ! ワルドは、ワルドはなんて言ってるの!?」 突然話を振られたワルドは、ルイズのほうを見、エレオノールのほうへと向き直る。 「そうだね。僕としてはルイズと今すぐ結婚できるのは嬉しいよ」 「……だそうよ。ルイズ、文句はないわね!」 エレオノールは強い調子で断じた。あまりのことに、ルイズは惑うばかりだ。 「そんな……いきなり」 そのとき、ルイズは他のテッカマンの気配を感じた。すぐ近くにいるこれは、間違いなくダガーのものだ。 ルイズはエレオノールとカトレア、ワルドの顔を次々と見比べた。そして、ワルドの方に視線を固定させる。 彼女の視線に気付いたワルドは首をかしげる。 「どうかしたのかい?」 「ワルド、ちょっと来て!」 返事も聞かず、強引に引っ張って部屋を出る。ドアに差しかかった辺りで、カトレアが声をかけた。 「ルイズ、どうかしたの?」 そして、足早について来ようとする。ルイズは心の中で謝りながら、大きな声で言った。 「ごめんなさい、ちいねえさま! ワルドと二人っきりで話があるの!」 廊下に出たルイズは、そのまま足早に外へ向かっていた。彼女の尋常でない様子と表情に、思い当たったことを訊く。 「ラダム、かい?」 こくりと頷く。ワルドは仕方ない、とでも言う風に肩をすくめた。 「お姉さまたちには、うまく言ってくれる?」 「分かったよ。君との結婚は当分先になりそうだね」 「え?」 「こんなんじゃ、結婚なんてとてもできそうにないからね。お姉さまたちにもそう伝えておくよ」 そう言って、ワルドは部屋へと引き返していった。後姿を見送ったルイズは、意を決して外へ向かって駆け出した。 領地内の森の中。そこで一人の少年がバラをくわえながら木にもたれかかっていた。 金色の巻き髪をした、美少年といってもいい顔立ちをしている。彼は何かを隠すかのように、常に顔の右側を右手で覆っていた。 そこに、小さな足音が響いた。木の根に足を取られないように気をつけ、飛び跳ねるようにして、ルイズがやってくる。 彼女の姿を見つけたギーシュは身を起こし、嬉しそうな声を発した。 「よく来てくれたね。嬉しいよ、ルイズ!」 「ギーシュ……!」 状況と台詞だけ取ってみると逢引のようにも見えるが、二人の間に流れる不穏な空気はそれを否定する。 そう。彼らの間にあるのは、殺意だけだった。 一方は裏切り者に対する蔑みと右目の傷に対する恨み。 もう一方は自分の大切な者を奪った存在に対する憎悪。 「この傷の恨み、受けてもらうよ」 ギーシュは右手にクリスタルを持った。それで初めて彼の顔があらわになる。 それを見て、ルイズは息を飲んだ。顔の右側に大きな傷跡が刻まれ、彼の顔を台無しにしていた。 そして、右手のクリスタルを天に掲げて叫んだ。 「テックセッター!」 システムボックスに包まれたギーシュの身体は人ならざるもの、ラダムの姿へと変わっていった。 「テッカマンダガー!」 それに対し、ルイズもクリスタルを掲げて叫んだ。 「テックセッタァーッ!」 ルイズの身体もシステムボックスに包まれ、ギーシュと同じような変化を遂げる。 実際、ギーシュとルイズはほとんど同一の存在だ。どちらも同じ物によって、同じ改造を受け、同じような姿へと変えられた。 唯一つの違いは、人の心が残っているかどうか。ただ、それだけだ。 だからこそルイズは今までギーシュを倒すことができなかった。 しかし、今は違う。母を奪われ、ラダムへの怒りと憎しみに満ち溢れている今なら。 「テッカマンゼロ!」 変身を完了したルイズ、テッカマンゼロはテックランサーを構え、かつての学友に飛び掛っていった。 二人のテッカマンは空中を自在に舞い、接近してはランサーを切り結び、高速で離脱してはまた切り結ぶ。 テッカマンが高速で飛び回るたびに衝撃波が発生し、木々をなぎ倒していく。 ダガーは魔法を使わないまま、テックランサーを駆使している。 彼には勝算があった。先の戦闘の経験から、ゼロがとどめをさせないと踏んでいたのだ。 だが、戦闘が始まってすぐにそれは誤算だと思い知った。ゼロの攻撃はいつになく苛烈で、迷いのないものだったのだ。 しかし、作戦には直接の関係はない。 ただゼロを罠にはめ、あの世に送り込むだけだ。 幾度目かの衝突で、機会が来た。 低空で激突し、間合いが離れた瞬間、ダガーはランサーを変形させ、横に構える。 変形したテックランサーから反物質の矢、コスモボウガンを連続して放たれた。 ゼロはとっさに下に移動し、それをかわす。あまりに急激な回避は勢いを止めきれず、地面に足を着いてしまった。 それを見たダガーは、仮面の下で薄く笑った。罠にかかったのだ。 「いまだ!」 ダガーがバラの花を振る。と同時に地面から複数の手が飛び出し、ゼロの足を掴んだ。 「えっ!?」 その腕は土を吹き飛ばし、全身を現した。ワルキューレだ。 完全に虚を疲れたゼロは、四肢を完全に拘束されてしまう。 「これで終わりだ、ゼロ!」 ダガーはランサーの変形したコスモボウガンを連射した。ボルテッカには到底及ばないが、直撃すればただではすまない。 その寸前、かろうじてゼロは身体を動かした。 二、三発の矢が肩に突き刺さるが、心臓を狙っていた矢はコスモボウガンはゼロに突き刺さる前にワルキューレの背中を貫き、爆発した。 衝撃でワルキューレの拘束する力が緩む。その瞬間、ゼロは懇親の力で両腕の拘束を外し、右腕の自由を奪っていたワルキューレをダガーへと投げつける。 「なにっ!?」 二人の一直線上にワルキューレが割り込んだ。一瞬、互いの視界が遮られる。 ゼロは両肩の装甲を開き、全てのエネルギーを込めた。片側四つ、計八つのレンズ状の物体に光が集まる。 彼女の脳裏に母親のイメージが浮かんだ。そして、叫ぶ。 「ボルテッカァァッ!!」 今度は、迷いはなかった。ボルテッカは狙い違わずダガーに迫っていく。 もはやダガーに避ける術はなかった。 「うあああぁぁぁぁぁっっ!!」 断末魔の叫びを残し、テッカマンダガーはフェルミオンの奔流の中へと消えていった。 ゼロは両肩の装甲を収納する。 身体を拘束していたワルキューレたちは、崩れ落ちるように大地に消えた。 ダガーが滅びた何よりの証拠だ。 わたしは、ギーシュを殺したんだ……。 静かになったところで、ワルドはルイズがいると思われるところへ走った。 先ほど、凄まじいエネルギーの放たれたところだ。 果たしてルイズは、そこにいた。 桃色の髪をした小柄な少女は、手に持った何かを呆けたように見つめている。 「ルイズ、それは?」 彼女の手の中にあったのは、一枚のバラの花だった。それはやがて、溶けるように消滅した。 しばらくの間ルイズはそれを見つめ続けていたが、何かを吹っ切るようにワルドの方を向く。 「……ううん、なんでもない。それより、もう帰らないと」 「いや、それは……」 「ごめんなさい。今は、お姉さまたちと顔をあわせられない」 ルイズは下を向き、思いつめたような顔で言った。 その表情に何かを感じたワルドは何も言わず首を縦に振り、グリフォンのいた場所へと走った。 テッカマンオメガは、ダガーの消滅を知りながらも何ら動揺を見せなかった。 「ダガーが倒されましたか。ならば、次の者を送りこむだけです、ルイズ」 その時、テックシステムから一人の人間が解放され、新たなテッカマンが生み出された。 前ページ次ページハルケギニアの騎士テッカマンゼロ
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前ページ次ページるろうに使い魔 「いやあああああああああああああああああああああああ!!!!」 怖さが極限にまで達した、その叫びでルイズは起き上がった。 そして気がついた。いつの間にか夢の世界から脱し、いつもの学院のベットにいることに。 月夜の照らすベットの中、ルイズは目を覚ましたのだった。 「夢……?」 ルイズは、辺りを見回して呟いた。まだ胸は動悸で高鳴っており、息で激しく上下させていた。 身体は汗でびっしょりで、目からは涙の跡が残っていた。 「ルイズ…殿…?」 そして彼女の隣には、異変を感じた剣心が立っていた。 「ひっ…!!」 一瞬だけ、彼を見て怯えたような目をしたルイズだったが、なおも心配そうな表情をする剣心に、ようやく理性が戻ってきた。 「ケン…シン…?」 「どうしたでござる? 何か悪い夢でも見てたでござるか?」 宥めるように優しく頭を撫でてくれる剣心に、ルイズは自然と涙がこぼれる。 「何でもない…何でもないわよ……グスッ…」 本当に、最悪の悪夢だった。 今でも鮮明に思い出す。飛び散った血の跡、崩れ果てていく人々、悔しさで涙を滲ませて死んでいったあの青年、そして、それを冷徹な視線で見下ろす剣心……。 何より彼が、いつもニコニコ笑う彼が…あんな風に微塵の躊躇いもなく人を殺したことが、ルイズにとって大きなショックだった。 無意識に、ルイズは剣心の胸へと身体をあずけた。親が子供をあやすかのような、剣心の優しい言葉がルイズを暖かく包んでくれていく。 「大丈夫でござるよ。大丈夫…」 「うん…うん…」 そう頷きながらルイズは、改めて剣心の顔を見る。相変わらず、優しげで安堵させるような笑顔。夢で見た彼とはまるで正反対の様子に、ルイズはようやく心を落ち着かせることが出来た。 そして、ゆっくりと目を閉じた。こうやって剣心のそばにいれば、もうあんな悪夢は見なくて済む。そう感じたから……。 第三十一幕 『強さと優しさ』 その日の昼過ぎ、ルイズ達はトリステインの王宮へと足を運ぶことになった。 姫さま…否、正式にこの国の女王となったアンリエッタから、「至急参られたし」との手紙がきたのだった。 余りに急な出来事だったので、多少戸惑いはしたが、親愛なる女王からの頼みとあっては断るわけにもいかないと、早速ルイズは準備を始めた。 そんなわけで今、接客室の扉の前までルイズ達はやって来ていた。 「通して」 向こうから声が掛かったので、ルイズは恭しくも扉を開ける。 そこには、和かな笑みを浮かべるアンリエッタが、嬉しそうにルイズに抱きついて来た。 「ああ、ルイズ!! やっと会えたわ!!」 女王の対応とは思えないはしゃぎっぷりにも、あくまで冷静にルイズは対応した。 「姫さま…いえ、もう陛下とお呼びせねばいけませんね」 「そのような他人行儀を申したら、承知しませんよ。ルイズ・フランソワーズ。あなたはわたくしから、最愛のお友達を取り上げてしまうつもりなの?」 歳相応の子供のように膨れっ面をするアンリエッタを見て、なら…とルイズは続けて言った。 「いつもの様に、姫さまとお呼び致しますわ」 「そうして頂戴。ああルイズ、女王になんてなるんじゃなかったわ。退屈は二倍、窮屈は三倍、そして気苦労は十倍よ」 やりきれなさそうに、アンリエッタはため息をついた。 ゲルマニアとの結婚が破談になった以上、親の後を継ぐ形で女王となったアンリエッタは、それはもう多忙な毎日を送っていた。 国内外問わず誰かしらに会っては、女王の威厳を保ちつつも要求や訴えを聞いたりしなければならず、ほとほと疲れ果てているのだった。 だからこそ、幼い頃からの友人に会えるこの時間は、アンリエッタにとってとても裕福なひと時だったのだ。 しばらくの間、そんな話を交えた後、アンリエッタは切り出した。 「本当にありがとうルイズ。あの勝利はあなたのおかげで手にしたのよ。――貴方にも、この勝利の献上を、厚く御礼を申し上げますわ」 そう言って、今度はアンリエッタは、剣心の方を向いて会釈する。 「いえ…私は何も…殆ど手柄を立てたのはケンシンの方で……」 ルイズは少し気まずそうな表情をしたが、それを察するかのようにアンリエッタは彼女の手を取った。 「隠し事なんて、しなくとも大丈夫よ。報告書にもちゃんと記載されているんだから」 まあ、しょうがないと言えばそうだった。あの奇跡の光の間近にいたのは、他ならぬルイズ達だったのだから。 「でしたら…もう隠し事は出来ませんわね」 ルイズは仕方なく、今回の出来事についての『真実』を語り始めた。 『始祖の祈祷書』について、『虚無』の力に目覚めた事について、そしてその結果が、あの奇跡の光を生んだことについて。 アンリエッタはルイズの話を一通り清聴した後、ゆっくりと視線をルイズに向けた。 「あなた達が成し遂げた戦果は本当に…このトリステインはおろか、ハルケギニアの歴史の中でも類を見ないほどです。本来ならルイズ、あなたには小国と大公の地位を与え、使い魔さんには貴族の地位と爵位を献上してさしあげたいものですが…」 そう言って、アンリエッタは申し訳なさそうな顔をした。 「これで私が貴方達に恩賞を与えたら、ルイズの功績を白日の元に晒してしまうでしょう。…それは危険です」 剣心もそれに頷いた。ここでルイズが『虚無』と知れたら、間違いなく志々雄に目をつけられるだろう。…いや、もう既に手遅れかもしれない。 それだけではなく、必ず自国の上層部も、彼女を利用しようと企むものも出てくるはずである。 「だからルイズ。誰にもその力を話してはなりません。これはここだけの秘密よ」 剣心は志々雄、で思い出したのか、早速その事をアンリエッタに話そうとしたが、その前にルイズに先を越された。 「恐れながら姫さまに、わたしの『虚無』を捧げたいと思います」 「…ルイズ殿」 決心したように、ルイズはアンリエッタに向かって言った。アンリエッタは、少し困ったような顔をしていった。 「いいのですルイズ……。貴方はその力のことを一刻も早く忘れなさい。そして二度と使ってはなりませぬ」 「神は…、姫さまをお助けするために、私にこの力を授けたに違いありません!!」 なおも引き下がらず、ルイズはまくし立てた。その目は必死で、純粋がゆえに危ない目。力に酔うあまり、ブレーキを踏むことを知らない、かつて剣心がしていた目と同じだった。 「母が申しておりました…過ぎたる力は人を狂わせると。『虚無』の協力を手にしたわたくしがそうならぬと、誰が言い切れるでしょうか?」 「私は…姫さまと祖国の為に、力を捧げたいと思っておりました。しかし、いつもわたしは失敗ばかり…『ゼロ』なんて二つ名がつけられ、与えられた任務すら満足にこなせず…それゆえに…あんな悲劇まで起こして…」 ルイズは、悲しみに言葉を震わせていた。アンリエッタも、少しその瞳に寂しさをのぞかせた。まだ、ウェールズを死なせてしまった自責に今も苦しんでいるのだ。 彼女のその目には、いつの間にか涙がたまっていた。 「だから…わたしはこの力を…陛下のために…」 「分かったわルイズ。もういいから…」 そう言って、アンリエッタはルイズをひしと抱きしめた。 「貴方はわたくしの、一番のお友達。ならばわたくしも、あなたの言葉を全面的に受け止めます。だけどルイズ、『虚無』の使い手だということは、口外しないでください。あなたの安全のためにも…」 「姫さま……」 端から見れば、二人の確かな友情を確認する場面。それを剣心は、何かを思うような風で見ていた。 とても志々雄の事について、話せるような雰囲気じゃなかった。 それからアンリエッタは、ルイズを正式な女官として任命し、さらにトリステインのあらゆる場所を行き来出来る『許可書』をルイズに渡した。 それはつまり、ルイズは女王の権利を直に使うことが出来るということだった。 「あなたにしか解決できない事件が持ち上がったら、必ずや相談いたします。それまで表向きは、魔法学院の生徒として振舞ってください」 それからアンリエッタは、何やら袋のようなものを取り出すと、それを剣心の方へ見せた。 中には、金銀財宝、宝石などがたくさん詰まっており、輝かしい光を覗かせていた。 「是非受け取って下さいな。本来ならあなたには『シュヴァリエ』の称号が与えられるのに、それが適わぬ無力な女王の、せめてもの感謝の気持ちです」 そう言って、アンリエッタは宝石袋を剣心に手渡そうとした。勿論受け取ってもらえると思っていたルイズとアンリエッタだったが、剣心は優しい笑みのまま、その手を押し戻した。 「気持ちだけありがたく頂戴するでござるよ。けど何も無理することはござらん。拙者はただの平民で使い魔。それだけでござる」 この対応には、少し呆気にとられたアンリエッタだったが、それでむざむざと引き下がれるわけもない。 「それでも貴方は、わたくしとこの国の為と忠誠を示してくれました。それには報いなければなりません」 「いや、拙者は何も、この国の忠誠とかのために戦ったのではござらんよ」 「……え…?」 この剣心の言葉に、ルイズとアンリエッタは唖然とした。まさか彼の口からそんな言葉が出るなんて、思ってもみなかったからだ。 しばし呆然としたまま、アンリエッタは当然の疑問を口にした。 「では…何故…あなたは…?」 「タルブには、拙者にとって大事な人たちがそこにいた」 物憂げに話す剣心に、ルイズは少し複雑な表情をした。多分剣心は、シエスタのことを思い出して話しているんだろうなと思うと、何だか嫌だった。 「目の前の人々が大勢、それも拙者の知る人が苦しんでいる。それを放っておくことは拙者には出来なかった。だから剣をとった。ただそれだけのことでござるよ」 そう言って、改めて剣心は宝石を持つ手を押しやった。それを返す力は、アンリエッタには無かった。 「では貴方は、わたくし達を、この国を…これからも守っては下さらないと…?」 「そうまで言ってはござらんよ。何か困り事があったら、拙者は力になるでござるよ。国事ではなく、姫殿個人の頼みとしてで」 「随分複雑な事を仰るのですね……」 力なく項垂れていたアンリエッタだったが、意を決したのか、仕方なさそうに顔を上げた。 「分かりました…貴方がそう仰られるなら…仕方ありませぬ。この話は…無かったことに…」 まだどこかで、諦めきれないような様子でもあったが、彼の意見は曲げられないと悟ったのか、アンリエッタは観念したように言った。 「どうしてあんな事言ったのよ! 姫さまが悲しそうにしてらしたじゃない!!」 王宮を出た後、ルイズは咎めるように叫ぶ。 当然といえば当然だ。今の剣心はルイズの使い魔。主人が忠誠を誓うのなら使い魔も忠誠を使うのが普通だというのに、「国の為に戦ったわけではない」? それがルイズには理解できなかった。 しかし剣心は、ルイズの方を振り返って尋ねた。 「ルイズ殿は、あの時何故タルブに行ったでござる?」 唐突の質問に、疑問符を浮かべるルイズだったが、仕方なさそうに答える。 「何故って…決まってるじゃない。『虚無』の力が本当に顕れたのか、確かめたかったのよ」 「その時ルイズ殿は、国の為とか考えてタルブへ行ったでござるか?」 ルイズは、それを聞いて少し首をかしげた。そう言われるとそうだ。思い返してみれば、『虚無』の事で精一杯で、そんなことを考える余裕は無かった。 ただ、一刻も早く剣心の元へと行きたかった。自分も力になれるんだって、教えたかった。そんな想いだけは、なぜかハッキリと覚えている。勿論剣心には言わないが。 ただ、顔には少し出ていたのか、それを見た剣心は優しく言った。 「それでいいのでござるよ。力というのは、小さな何かを守れるだけでいい。力の向ける先の規模をいたずらに大きくしても、意味がないでござる」 「何よ…分かった風な口聞いて…私が『虚無』をどう使おうと勝手でしょ!!」 ルイズが口を尖らせた。そしてどこか悲しかった。どうしてそうまでして、自分のすることに反対するのか…と。 しかし、ここで剣心はルイズと向き合い、はっきりとした口調で言った。 「ルイズ殿は、『虚無』の力の全てを理解したのでござるか?」 「…それは…まだだけど…」 あの時、最大級の『爆発』を放ったはいいが、あの力をもう一度発揮できるかというと、自信はない。それにまだ覚えたのは、その『爆発』一つきりだ。 まだまだ不明な点は数多い。もしかしたら、もうあんな力は二度と出ないかもしれない。それが、ルイズにとって一番の不安だった。 「理解できてない力を、ルイズ殿は使いこなせるのでござるか?」 「そんなの…やってみなきゃ…」 「例え使えたとしても、その力を向ける本当の『意味』を知らなくては、いつか掛け替えのないものを失ってしまう」 真摯な目を向け、諭すように剣心はルイズに言う。 「その代償というのは、ルイズ殿が考えているよりも遥かに大きい。それは失ってからじゃ、遅いのでござるよ」 「……何でよ…」 暫くの沈黙、ルイズは俯いたままの感じで固まっていると、やがて搾り出すような声で言った。 「…ケンシンだって…見たでしょ…わたしのせいで…ウェールズ殿下が死んでしまったとこ…」 「ルイズ殿…」 「なのに…どうして…」 ルイズは身体を震わせていた。拳を握り締めて悔しそうに歯を食いしばって。そして、怒りとも悲しみともつかないような声で叫んだ。 「どうして分かってくれないの!!!」 「…ルイズ殿…」 剣心なら、分かってくれると信じてた。ルイズの今の意思と信念を。 なのに、彼の口から出たのは、理解してくれるとは程遠いような言葉ばかり。まるでいけないことをしたかのように諭す剣心の言葉に、ルイズはただ悔しかった。 そしてルイズの頭の中には、あの夢…恐ろしかった悪夢がふと蘇る。 あの羅刹とも言えぬ瞳を浮かべて、優しそうな青年を切り捨てた、あの剣心の姿を…。 一度脳裏をかすめたら、もう止まらない。ルイズはただ叫んだ。 「何よ! ケンシンだって本当に間違いを犯さなかったって言い切れるの!!? その手で人を殺してこなかったって、心の底からそう言えるの!!」 「…ッ!!?」 その言葉に、ルイズも一瞬驚くぐらい…剣心は驚愕の色をその目に浮かべた。 「………」 そして今度は、少し寂しそうに目を伏せ口を閉ざす。そんなしおれた態度がまた、ルイズを無性にイライラさせた。 「もういいわよ…ケンシンなんか知らない!! バカ!! どっか行っちゃえ!!」 やり場のない怒りをぶつけるかのように、ルイズはそのまま剣心を放って何処かへと走り去っていった。その後ろ姿を剣心は、ただ遠い目をして黙って見つめるだけだった。 ルイズの今の言葉のせいで、ふと昔の出来事を思い出したのだ。 (このバカ弟子が!!!) 頭の中で、かつてケンカ別れする前との師匠の怒号が蘇る。 動乱巻き起こる幕末の時代。そこに自分の飛天御剣流で幕を閉じようと、師匠に言ったら大反対された。 あの時は、自分の何がいけなかったのか、全然分からなかった。 (目の前の人々が苦しんでいる、多くの人が悲しんでいる!! それを放っておくことなど、俺には出来ない!!!) この言葉の意味に間違いはない。それは今でもそう思っている。ただ、力の使い方を理解しきれてなかったのだ。 確かに、彼女は恐ろしい才能があるのかもしれない。いずれは『虚無』の力を、ちゃんと理解して使いこなせるかもしれない。 でも、それはあくまでも才能の話。中身はどこにでもいる普通の優しい十六歳の少女なのだ。精神的にまだ成長しきっていない今の状態で力を振るうとどうなるか、その末路を剣心は身にしみて良く分かっている。 心とその頬に十字傷を負った、剣心だからこそルイズには自分の二の舞を踏んで欲しくない。なのに…。 「師匠の気持ちが、少し理解できたでござるよ」 昔と似ているあの直向きさと素直さ。そしてそれが自分の信念だと思い込んで周りを見れない不器用さと頑固さ。本当に自分そっくりだ。 剣心は、あの頃の過去に思いを馳せながらも、見えなくなる前にルイズの影を追った。 「どうしてよ…ケンシン……」 ルイズは、トボトボとした歩調で宛もなく街をさ迷い歩いていた。 街は今、戦勝祝いのおかげでいつもより賑わっており、あちこちに酔っ払った人々で騒がしかった。 (分からないわ…ケンシンが…) ルイズは、涙が出そうになるのを堪えた。どうしてあんなにも、剣心は否定したのだろう。それが分からない。 再び昨夜見た夢を思い出す。あの冷たい無表情で人を斬り殺した剣心。そして今の剣心。 (どれが…本当のケンシンなのかしら……) ルイズは分からなかった。どっちが彼の本性なのか、それがさっきルイズを苛立たせた原因でもあった。 「うおっ!!」 「きゃっ!!」 そんな様子で歩いていると、ふと誰かにぶつかった。ルイズは気にせずそのまま行こうとすると、その誰かに腕をつかまれた。 「いてぇな、待ちなよお嬢さん。人にぶつかって謝りもしねえで通り抜けるって法はねえ」 どうやら酔っ払った傭兵の一団の様だった。酒を手に持ってそれを何度も煽っている。相当出来上がっているようだった。 ここで傭兵の一人が、ルイズのマントを見て貴族だと気づいたようだったが、男は掴んだ腕を離そうとしなかった。 「今日は戦勝祝いのお祭りさ。無礼講だ。貴族も兵隊も町人もねえよ。ほら貴族のお嬢さん、ぶつかったわびに俺に一杯ついでくれ」 男は下卑た笑みを浮かべながら、ワインの壜をルイズに突き出す。無論ルイズは嫌がった。 「何よ、離しなさいよ無礼者!!」 それを聞いた男が、途端に怒りで顔を歪ませた。 「なんでぇ、俺にはつげねえってか。おい! 誰がタルブでアルビオン軍をやっつけたと思ってるんでぇ! 『聖女』でもてめえら貴族でもねえ、俺たち兵隊だろうが!!」 そう叫んで、男は荒々しくルイズの髪を引っ掴もうとした。しかし、その手を今度は別の誰かに掴まれた。 「あっ…」 いつの間にか現れ、颯爽とその男の腕を掴んだ彼、剣心は、和かな顔をして男に詫びた。 「いやぁ、連れがすまない事をしたようでござるな。ここは一つ拙者が謝るから、どうか穏便に」 「んだとぉ!! てめぇ、やるってのか……」 遂に男がキレて剣を抜こうとしたとき、途端に剣心の目の色が変わった。 さっきまで蝿一匹殺せない軟弱そうな顔から、急に虎すら睨み殺しそうな獰猛で、それでいて冷たい目に。 「………なっ…!!」 男は身震いをした。長年兵隊をやっている経験と勘が、それを如実に教えてくる。コイツの目はヤバい…と。 (何だ…? コイツは…!?) 自分達よりもっと知らないどこか。想像を絶するような闇と地獄を生き抜いてきた瞳。戦意を丸ごと削ぐかのような気迫に、男たちはすっかりと萎縮してしまっていた。 「……ちっ、覚えてろよ!!」 結局のところ、そう言って渋々と、だが逃げるように男たちはその場を後にした。剣心は、いつもの朗らかな口調でルイズに向き直った。 「大丈夫でござるか?」 「あ…」 ルイズは、只々キョトンとしていた。さっき拒絶してしまったから、てっきり剣心は怒っているんじゃないかと、そう思っていたからだ。 しかし、剣心のいつもの表情と態度は、そんな感じを微塵も感じない。 「あ…あの…その…」 「無事なら、それで良かったでござるよ」 いつもの優しい笑顔をルイズに向け、剣心はそう言った。それを見て、思わずルイズは少しモジモジする。 また助けられた。そのことについてお礼を言おうとして、その前に剣心はルイズの手を取って歩いた。 「折角来たことだし、少し周りを見てみるのはどうでござる?」 「…え? う、うん!」 彼なりに気を使っての言葉なのだろう。それが素直に嬉しかったルイズは、何も言わずにその手に繋がれて歩いていった。 「…ねえ、ケンシン」 「おろ?」 連れられながら、ふとルイズは顔を見上げる。返事をしながら振り向いてくれた剣心は、いつもルイズが見ている、優しく柔かな微笑みをした剣心だった。 異性と手をつないでいるのを妙に意識しながらも、やっぱりその笑顔を見ると、何ていうか…えも知れぬ安心感が湧き上がってくるのだった。 「…ううん、何でもない」 何も言わない。今はただ、この気持ちだけを信じていたい。そう思うルイズなのであった。 剣心と一緒に歩いていくと、その内段々と楽しくなってきたルイズは、そのまま賑やかな街並みを眺めていた。 こうやって異性と街を練り歩くなんて、初めてのことだった。今はすっかりそのことで楽しさ一杯であり、ルイズの心をウキウキさせる。 そんな内、一つの宝石店にルイズは目を止めた。キラキラさせた沢山の飾り物に、ルイズは思わずわあっ、て声を上げる。 「いらっしゃい貴族のお嬢さん! 『錬金』で作られたまがい物じゃございません、珍しい石ばかりですよ!!」 宝石店の商人が、ここぞとばかりに声をかけた。ルイズは少し頬を赤らめて、若干上目遣いで剣心を見る。 「ゆっくり見たいでござるか?」 剣心のその答えに、ルイズはコクリと頷いた。 改めて見ると、正直貴族が身につけるものとしては、どこか安っぽいものばかりが多く占めていた。 だけどルイズは特段気にした様子もなく、その中から貝殻を掘って作られたペンダントを手に取った。どうやら余程気に入ったらしい。 「欲しいでござるか?」 「…うん、でもお金を余り持ってきてないわ」 急使だったためにお金をそんなに持ってこなかったルイズは、今入っている財布の中身を確認してがっくりと肩を落とす。 そんなルイズを横目に、取り敢えずと言った風に剣心は尋ねた。 「これ、いくらでござる?」 「それでしたら、お安くしますよ。四エキューにしときます」 それを聞いて剣心は、考えてるように顎に手を当てると、おもむろに懐から袋のようなものを取り出した。 その中に入っているのは、かつて皆で宝探しに行った時、手に入った端金の貨幣だった。 誰もいらないというので、剣心が持つ形になっていたが、それでも結構な額が入ってあった。ほとんど薄汚れてはいたが使えないというわけでも無い。 剣心は勘定をしながら、貨幣を数えていると、ぴったり四エキューを商人に手渡した。 「まいどあり!」 剣心は、その買ってあげたペンダントをルイズに渡した。 ルイズは、ポカンとして剣心を眺めていたが、やがて嬉しさで頬を緩ませた。 剣心が、自分のために買い物をしてくれた。それがルイズにとって、すごく嬉しかったのだ。 ルイズは、ペンダントを掛けて剣心の方を向いた。 「どう?」 「似合っているでござるよ」 簡単なお世辞だったのだろうが、ルイズは更に顔を赤くした。心臓は高鳴っていき耳から直に聞こえてくる。 剣心にバレないかな…そんな事を考えながら、ルイズは先頭を切って歩いていく剣心の後ろ姿を見た。 買ってくれたペンダンドをいじりながら再び一緒に歩いていると、今度は剣心の方から声をかけてきた。 「…聞かないでござるか?」 「え?」 「だから、拙者の過去のことを…」 何のことだか一瞬よく分からなかったルイズだったが、少し寂しそうな剣心の表情から、その内容をすぐに察した。 「ああ、あのこと…」 ルイズの夢に現れた、もう一人の『剣心』。確かに何故あんなことになったのか、その理由は、聞きたくないといえば嘘になる。 でも…それでもルイズは、今の剣心を信じたかったルイズは、それを生半可な気持ちだけで聞いちゃいけないことだというのも分かっていた。 「ううん、いいの。今はまだいいわ」 きっとあれには理由があるのかもしれない。だからルイズは、剣心が自分から話してくれるまで待つことにしたのだ。それが、恐らく一番いいことなんだろうと思いながら。 「ケンシンが話してくれるまで、私は待つわ。そうすることにしたから」 それを聞いた剣心は、少し嬉しそうに目を伏せ、頷くようにお礼を言った。 「ありがとうでござる。ルイズ殿」 「いいのよ。私はケンシンのご主人様なんだからね」 ルイズは胸を張ってそう言った。いつもそうだ。ケンシンはいつでも自分のことを気にかけてくれている。 そもそもあの言葉も、剣心は自分のためを思ってこその言葉だっていうのも、ルイズは分かってた。 でも、あの夢を見たせいで、どっちが本当の剣心なのか混乱してしまっていたのだ。 (だけど、もう迷わない) 過去に、人を斬った事もあるのかもしれない。けどルイズは、それでもやはり今の優しい剣心の方を信じたかったのだ。 ルイズは、ゆっくり剣心の隣で歩く。手を繋いで、楽しげに。 「ねえ、今度はあの店に行ってみましょ!」 「…そうでござるな」 せめて一時ぐらい、精一杯楽しみたい。ルイズはそう思った。 前ページ次ページるろうに使い魔
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前ページ次ページKNIGHT-ZERO 一葉目を蔽えば泰山を見ず 両豆耳を塞げぱ雷霆を聞かず 怺冠子 天則・先奏より ルイズとKITTは寮の自室に篭り、モット伯爵に囲われたシエスタに会いにいくべく鳩首会談を始めた タルブでの虚無魔法の発動以降、ルイズはコモンマジックも人並み程度には使えるようになったが ルイズが部屋にかけたサイレントの魔法、風魔法系コモンで比較的難易度の高い魔法は失敗していた 以前タバサにサイレント魔法を見せて貰い、晩年のエジソンが研究していた静電気による遮音に似た物と 解析したKITTが、それに替わるべく指向性スピーカーからルイズの肉声の逆位相音を発して消音する 「ルイズ、王室で重職にある伯爵にアポイントも無く面会要求するのなら、なにがしかの方策が必要です」 ルイズが私に任せろと言わんばかりに胸を張る、自信満々に開陳した策はその胸のサイズほどの物だった 「わたしが直に話を通すわ、大丈夫!モット伯爵家なんてヴァリエール家に比べれば小物もいいとこよ!」 色々と失望したKITT、しかし日本の任侠業における揉め事の解決と同じく、家同士の話し合いになれば 平和裏に事を収められるかもしれない、あの恐ろしいカリーヌの事を考えなければそれは上策とも言えた 「ご実家の…ヴァリエール家の助力を仰ぐお積りですか?」 「そ、それは無理無理!…無理よぉ…お父さまもお母さまもそういうの嫌いだから、わたしが殺されるわ」 ヴァリエール公爵家の影響力は確かに強力だったが、ルイズの父ヴァリエール卿は家名を笠に着る行為を 何より嫌っていた、入り婿の父はバスクの片田舎領主の息子ながら国家への貢献と諫言を厭わぬ剛毅さで 名門ヴァリエール家の息女にしてマンティコア騎兵隊の伝説的騎士であったカリーヌを見事に娶った ルイズは父から公爵でも子爵でもない平貴族である祖父の話、今でも領地の民と共に畑を耕し荷車を引く 心優しい父を誇りに思っている事を幾度となく聞かされた、祖父は領地が他の貴族からの干渉を受けた時 身を呈し領地を守り、右手に剣、左手に杖を持った祖父は王家が相手でも一歩も退く事が無かったという バスク人の魂であるベレー帽を被った祖父の姿はルイズも何度か見た事があるが、母でさえ萎縮していた 地球では各国の軍隊でエリート部隊の象徴となっているバスク・ベレーはルイズにもひとつ贈られたが タニアっ娘の間ではお洒落な帽子であるベレーを、ルイズは戦よりも女の一大事の為に取っておいていた いつか誰か、大切なひとが現れたら…そのひととの最初のデートに向かう日、祖父譲りの勇気が欲しい時 デートという言葉が頭に浮かんだ時、ルイズが真っ先に想像したのはKITTの姿だった、慌てて頭を振る シエスタに会いに行くと決めてみたはいいものの、どこからどうすれば、何をすればいいのかわからない 相手は伯爵家の当主でトライアングルメイジ、こっちは表立って虚無系統とは言えないゼロの一学生 八方塞がりで思考がめちゃくちゃになってくる、頭に血の上ったルイズは苛立たしげに桃色の髪を振った 「あぁもう何でわたしがあんなイヤな馬鹿オッパイメイドのためにこんな気苦労しなきゃいけないのよ!」 KITTは機械とはいえ知能設定上の年長者としての発言で、我を忘れそうになっているルイズを宥める 「ルイズ、あなたの本分は魔法と貴族作法を習得するために勉学に励む学生であることをお忘れなく しかしながら…私の祖国にはこういう時、困難に陥った若者への助言たりうる言葉があります」 KITTは人工知能の発声システムには不必要な咳払いをした後、久しぶりに使う祖国の言葉を発した 「Just Move It ! GO For Break」 KITTのメモリにあるハードロック、その歌詞の意味が知りたくてルイズは最近、異世界の言語である 『エイゴ』の単語と文法を習い始めていた、しかしルイズにとってその一文はまだ難しかったらしく KITTの電子辞書機能で苦労してあれこれと単語や熟語を調べながら、その言葉の意味を探った ルイズの学習能力は優れていたが、彼女はDeathとかskullとか偏りのある単語から覚えていた 辞書を引いていたルイズは途中で猥褻な単語に寄道しながらも、その文章の訳と思われる意味に到達した 眉間に皺を寄せモニターを睨んでたルイズの顔がパっと輝く、正面のボイスインジケーターに顔を寄せた 「あんたの教えてくれた言葉のおかげで何をすべきわかったわ・・・いくわよKITT!モット伯爵の屋敷に」 「ルイズ、わたしの言葉からあなたは一体…何を学んだんですか?」 ルイズは自信たっぷりな様子で答える、もうアメリカ英語を完全に習得したような気分になっていた 「アンタ言ったじゃない!Go For Break・・・『ブっ壊しに行け!』って、フォーっと壊すのよ!」 「ルイズ・・・それは『当たって砕けろ』です・・・」 「砕けるのはあっちよ!大丈夫!モット伯爵家なんてわたしのKITTに比べれば超!小物よ」 ズビっと音がしそうな勢いでルイズは窓の外を指差す、モット伯爵の邸を指した積もりで豪快に方向違い 「ルイズ、それには語弊があります、私は一介の・・・」 「じゃあ、ターボ小物!」 KITTはルイズにこの異世界に召喚されて以来初めて、別のメイジの使い魔に転職したくなった キュルケに話を聞いた瞬間から爆発寸前だった感情が、KITTの言葉をきっかけにとめどなく溢れ出す あれこれと不安要素をシミュレートして、メリットとデメリットをせわしなく演算するKITTの横で ルイズはKITTから得た助言を妙に勘違いして、拳を突き上げながら指を一本、空に中指を突き上げた KITTにはそれが男性の生殖器を模した物で、射殺されてもやむなしの侮辱の仕草だとは言えなかった ルイズの心にモット伯爵への怒りが湧き上がって来る、それはハードロックを通して世を知ったルイズの 世界の理不尽への怒りで、怒りが生むもう一つの感情はいつだって時空を問わず理不尽を壊す力となった 見当違いの勘違いから無軌道な怒りをぶつけ、それが周囲の人達や後の歴史に意外な影響を及ぼす姿は ルイズの好きな地球のロック・ミュージシャン達の破天荒ながら魅力的な行動に似ていなくもなかった ルイズはクローゼットを開け、苛立ち紛れに豪奢なドレスをはたき落とすと、奥から祖父のベレーを出す 「…女の一大事よ、ね…」 いつの日か愛する人と…そんな女の幸せをシエスタは奪われそうになっている、黙ってられるわけがない ルイズは祖父がルイズの桃色の髪に合わせて見立ててくれた漆黒のバスクベレーを頭に被り、少し傾けた 誇り高きベレーを被ったちっぽけな少女は抑えきれない怒りに包まれ、怒りは小さな勇気の灯を点した その姿はKITTの世界における騎士の物語、ガラクタの兜を被ったドン・キホーテのそれに少し似ていた 人間は物語の中のアン・ハッピーエンドに臍を噛み、そして事実をハッピーエンドに変える力を持っている KITTにはこの異世界で目の前に立つラ・マンチャの少女に、その可能性があるような気がしていた 自分がこの世界に召喚された事に意義があるなら、それはサンチョ・パンサとロシナンテの二役を務める事 ルイズがベレーを頭に被った瞬間、不思議と頭を膨らせていた怒りはベレーに吸い取られるように消えた 替わって体中に走るのは、怒りによって滾る熱い血の力、事態を正確に把握する頭脳と、恐れを制する心 強く優しく、そして自らの信じた正義のために戦ったお爺さま、どうかこの弱虫で矮小な私に…勇気を… ルイズは学院本塔の内壁に沿って長い長い螺旋を描く石階段を、足音荒く最上階に向けて昇っていた 石壁に挟まれ、KITTの車幅より少し狭い階段、しかし今のルイズの頭にもう少し血の気が多ければ 階段左右の壁を叩き壊しながらKITTのアクセルを踏んずけ、最上階まで駆け上がっていただろう 祖父から贈られた黒いベレーを被ったルイズはジョギングで鍛えた足で一歩一歩、階段を昇り続けていた コモンマジック開眼後のルイズは、フライ等の初歩的な風魔法も何度かに一度は成功するようになったが 今、この塔をフライの魔法で昇っていたら、きっと頭の中で沸々と泡立つ怒りでどこかに激突してしまう それに今のルイズはこの風格ある石段に靴底で一歩一歩八つ当たりでもしてないと気がおさまらなかった 本塔の最上階、学院長オールド・オスマンの執務室に向かうルイズの手には一枚の紙が握りしめられていた 少し息を切らしながら階段を昇り切ったルイズは東方趣味な檜のドアをノックし、返事も待たずに開けた 大人しくドアを開けるか鍵のかかったドアをエクスプロージョンでブチ破るかのどっちかだと思ってたが 施錠されてないドアは前者の結果となった、それは今のルイズにとって限りなくどうでもいいことだった 秘書すら居ない執務室で水キセルを燻らせながら、山と積まれた書類に奮戦していたオールド・オスマンは 突然の乱入者に目を細めた、不快感よりも孫の悪戯を見守るような眼差しにはルイズは気づかなかった ルイズは一礼すると樫のデスクまで一直線に歩いていき、ご立派な書類の上に一枚の紙片を叩きつけた 羊皮紙や手漉紙に流麗な筆跡で著された他の書類とは対照的な、ルイズが普段覚え書きに使ってるザラ紙 帳面から乱暴に破り取った紙には、授業中の真面目な彼女から想像のつかない感情的な文字が踊っていた 退学届 ルイズが考えた、これから行う事の累が学院に及ばないようにする為の方策、5分で立案し2分で書いた 通常、羊皮紙に書かれる退学届にお決まりの定型文すらない、ただ退学する旨を書き、署名された紙 オールド・オスマンが皺に隠された目を見開き、彼にはとても稀な驚きの表情を浮かべたのを確めると ルイズは間髪入れずまくしたてた、寮の部屋で会話をモニタリングしていたKITTがため息をつく 「わたくし、ルイズ・フランソワーズ・ド・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは当学院を退学いたします 読んで頂きましたね?、今の私にはくだらない返答を待っている時間はありません、では」 踵を返し部屋を出ようとするルイズ、恐らく学院始まって以来の不敬な生徒に、オスマンは声をかけた 「ミス・ヴァリエール…短気を起こす前に、ほんの少しでいい、この老人の話を聞いてはくれないか」 ルイズは余計に苛立ったように振りかえる、どうにか彼女の足を止めるため、オスマンは核心を突いた 「モット伯爵のことであろう、わしも噂話が好きなほうでな、今回したことについても少しは知っとるよ」 ルイズはオスマンの目を睨みながら無言でデスク前の椅子を引き、向かい合わせの位置に音たたて腰掛けた 「君はあのKITTとかいう不思議な使い魔を得て、力を得た、わしは君が決して力に溺れぬと信じておる」 ルイズはオスマンに顎を突き出して先を促す、トリスティン中を探してもこんな無礼なメイジは居ない 「君には自分がなすべき事が見えておるのか?目の前のイヤな奴をブン殴るために力を得たのかな 君が得た異世界の力とこの世界の虚無の力は、もっと大きな物と戦うためにあるのではないのか 目前の敵を倒して見失うより、大きな事を成し遂げ、より多くの人を救うことが大事だと思うんだが」 ルイズは数日前の帰郷の直前、アルビオン駐留軍への従軍許可をアンリエッタから得たばかりだった 「ルイズ、今日は授業を休んで部屋で考えなさい、自らの得た力と、その力の持つ意味と可能性について 考えて答えが出ずとも、一日中考えるのだ、若き頃の私がそうしたように…考える事こそ人の宝なのだ」 この老いた学院長が生徒をファーストネームで呼ぶのは初めてだった、一人の生徒をここまで案じるのも 「モット伯爵の事については私も許せんと思っとる、おそらくは君よりも腹ワタが煮えくり返っておるよ 二度とこのような真似ができぬよう、近日中に然るべき措置を取る事を約束しよう、わしを信じてくれ」 一言も発さずオスマンの声を聞いていたルイズは深い息をついた、ため息よりも猫の威嚇のような息吹き オールド・オスマンは子供が真似っこをするように息を吐き、退学届を握り潰して横の屑カゴに放り込んだ ルイズは椅子から静かに立ち上がる、中腰のままゆっくりと手を伸ばして屑カゴから丸めた紙を拾い上げた そのまま右手でオスマンの胸倉を掴み、左手の中で震える退学届をオスマンのローブの懐にねじこんだ 鳶色の瞳に宿る、ついさっきドアを叩き開けた時とは比べ物にならぬほどの怒りにオスマンは驚愕する 「…考え…策を講じ…そんな事してるうちにシエスタは…女の子の一番大切な物を失ってしまいますよ…」 ルイズは自制心と戦うかのようにオスマンのローブから手を離すと、噛み締めた歯の間から言葉を搾り出す 「オールド・オスマン…私が男ならば…学院長の仰る通りにしたでしょう、でも…女だからわかるんです 女の辛さと、痛みを…女だから放っておけないんです…私は今、自分が女で心底よかったと思っています」 背を向け歩き始めるルイズ、その足には先刻までの無軌道な怒りは無い、感覚が刃物の様に鋭くなっていく 「…退学届…たしかに提出いたしました…これから先、何があってもこのルイズは学院とは無関係です」 「待ちなさいミス・ヴァリエール、よく考えるのだ、たとえ今は辛くとも、いつかきっとわかる時が…」 ガァン!と音が響く、オスマンに背を向け退室しようとしていたルイズは、檜のドアに拳を叩きつけた ルイズの指の間からつっと一筋の血が滴る、見た目ほど丈夫でないドアは結局、破壊される羽目になった 「…婆ァになるまで考えたところで、私の心は変わりません…今、目を瞑れば…きっと一生後悔する」 右手に走る痛み、それが今のルイズにはありがたかった、人の不幸も歴史の中ではただの記録になる その場に存在する痛みをルイズは忘れたくなかった、人の痛みを見て見ぬフリをするのが正しい事なら どんなに痛い思いをしてでも、この彫刻は立派だが薄っぺらいドアのように叩き壊してしまいたかった 絶句し座り込むオスマンを一瞥もせず、ルイズはヒビ割れながら反動で閉まろうとするドアを蹴り開ける 古代の神官が貴族たる者の心構えを授ける姿が精緻に彫り込まれた檜のドアは、ひどく安っぽい音がした ルイズは拳を舐めながら階段を駆け下りる、痛いけど骨は折れてない、人間は結構丈夫だな、と思った あとは学院本塔を出て、KITTを停めてある寮塔の自分の部屋まで走って何分かかるかだけ考えていた 本塔を出た途端に車両乗り入れ禁止の出口脇で待っているKITTが目に入った、ルイズがにんまりと笑う 「気が利くわねKITT、ちょうどあんたとデートしたかったところよ、ドライブにでも行きましょうか」 KITTの情報収集によって得たモット伯爵の現在地は、トリスティン郊外の保養地に建つ別邸だった その情報をもたらしたのは無口な友人タバサ、キュルケやルイズと共に魔法学院に籍を置くガリアの少女 トライアングルメイジにして騎士の爵位を持つ優等生ながら時々誰にも言わずに数日の外出をするタバサ 学院ではキュルケしか知らぬ北花壇騎士の任務から戻って間もないタバサは前置き無しでKITTに囁いた 「……リエージュ渓谷の別邸、モット伯爵とシエスタ、供回りは5人……」 タバサはガリアから任務に呼ばれる直前に今回の事態について聞いていた、そして間諜の悪い癖が出た 横で使い魔の風韻竜シルフィールドが、帰路での予定外の寄り道に少し疲れた声で「きゅいっ!」と鳴く ルイズは肝心のモット伯爵の居場所について、何ひとつ手がかりの無い状態で飛び出そうとしていた 「サンキュー!タバサ、帰ったらシエスタにお茶の一杯でも奢らせるわ・・・いえ、わたしが奢ったげる」 聞いたことのない異世界のお礼の言葉に首をひねるタバサの隣に、いつのまにかキュルケが立っていた 昼にルイズが置いてったお茶代の銅貨を掌で鳴らしながら、スポーツの試合に送り出すように快活に笑う 「それはわたしが替わりにやっとくわ、思う存分暴れてらっしゃい・・・頼んだわよ、KITTクン」 「だから暴れるんじゃないって!話し合いよ、仲良くお話をしてくるだけよ、本当にそれだけなんだから」 言いながらルイズはKITTのフロントノーズを撫でる、全力突進すれば王宮さえ崩壊させられるボディ 「私もそれを望んでいます、心底それを望んでいます、ルイズ…くれぐれも、お願いします、くれぐれも」 学院内を縦横に掘る使い魔のモグラの力か、本人の野次馬根性か、いつも物騒事を嗅ぎつけるギーシュが モンモランシーと共に現れた、ギーシュはルイズの左の手首を取り、コミュニケーター・リンクを外す 「突入する小隊とそれを支援する本隊は連絡を絶やさない、軍門に生まれた者の鉄則を今更思い出したよ」 モンモランシーは無言のままルイズを上から下まで眺めると、面白くもつまらなくもなさそうな顔で一言 「手」 ルイズが狐につままれたような顔で両手を出すと、学院長室のドアにパンチをくれて傷ついた右手を 無造作に引き寄せ、懐から出した瓶の中身、赤チンとかいう毒々しい色の魔法薬を右手の傷にぶちまけた 疼いていた右手に火にくべたような鋭い痛みが走る、その直後にさっきから集中力を削いでた疼痛が去り 滲んで指から滴っていた血が止まった、手の皮膚についた傷は治る様子が無い、今は直す必要も無い 痛みと出血を止めたモンモランシーは、初めて感情の宿った目をルイズに向けると、青い瓶を握らせた 「もしもシエスタにとても辛いことがあったなら、一時だけそれを忘れさせる薬よ、必要な時は使って」 ルイズも知っている、ある白い花の実鞘から採り、魔法で精製した液体、持ってるだけで首が飛ぶ禁制品 ルイズはモンモランシーを固く抱きしめ、キュルケと掌を打ち合わせ、ギーシュには視線だけをくれると KITTの操縦席に収まる、鏡の前でベレーを直してから操縦桿を握り、アクセルを力強く踏みしめた モンモランシーはギーシュを引っ張って、彼女が魔法薬作りのバイトに使ってる学院の治癒室に向かった 手に入りうる限りの薬を確保しておく積もりだった、ルイズとシエスタが無傷で帰って来る保証はない ルイズを見送ったキュルケは、ガリアでの任務から帰ったばかりのタバサを連れて学院内のカフェに戻る 今日は授業をさぼってお茶でも飲みながら過ごす事にした、たまにはタバサを真似て読書などをしながら 文学に縁の無いキュルケが本の替わりに脇に抱えていたのは、ルイズが学院長に退学届を叩きつけてる間 KITTから貰った、モット伯爵の別邸の見取り図と周辺の地形図のプリントアウトの束だった もしルイズが丸一日帰らなかったら、タバサと共に別邸一帯を火の海にしてでも救出に行くと決めていた キュルケとタバサ、モンモランシーとギーシュの視線がルイズを力付けた、学院本塔の最上階からは オールド・オスマンが見つめていた、教室からの半ば胡散臭げな視線、使用人寮からの祈るような眼差し 多くの人達の意思を受けながらルイズとKITTは学院から飛び出した、黒い影は瞬く間に地平線に消える 異世界のハルケギニアに生まれたドン・キホーテは土を巻き上げながら、風車に戦いを挑まんと走りだした 前ページ次ページKNIGHT-ZERO
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「ジ・エンドが……」 「僕らを庇ったのか……」 何処かの世界で、崩れてゆく巨大な人型を見て桃色の髪の少女と一人の男性がそう呟いた。 ルイズ・フラソワーズ・ル・フラン・ド・ラ・ヴァリエールは、唖然として目の前に現れた黒いゴーレムを見上げる。 その黒いゴーレムのフォルムは、禍々しくその黒と言う色がそれを一層際立たせている。 さて、何故がこの黒いゴーレムがルイズの目の前に存在するのかといえば…… 使い魔召喚『サモン・サーヴァント』を唱え実行した為である。 それはそれとして、ルイズは数十秒ばかり唖然とした後まるで狂った様に心の中で喜んだ。 他のクラスメイトが呼び出した使い魔以上じゃない! と…… これで、私はもう『ゼロ』じゃないんだ! と、喜んだ。 そして、サモン・サーヴァントの次に重要な契約『コントラクト・サーヴァント』を行なうのだが…… 黒いゴーレムの頭の部分は、ルイズの身長よりもかなり高い所に存在する。 コレを見かねて、引率の教師である中年男性……ハゲ……もといコルベールが、フライの呪を唱え ルイズを抱き抱えて黒いゴーレムの頭の部分まで空へと浮かび上がる。 丁度、その黒いゴーレムの顔の前まで来た時……ゴーレムの目が、ギョロリとルイズとコルベールを見る。 突然の事にルイズは、身をすくめ……コルベールは、ゴーレムの鋭い眼光にルイズを抱き抱えていた腕の力を緩めてしまった。 あっ……と、言葉を発する前にルイズの身は大地目掛けて落ちる。 コルベールが、慌ててレビテーションの呪を唱え様とするのだが……遅い。 ルイズは、「ちゃんと成功したのに……もう……終わり?」と心の中で呟く。 しかし、ルイズの体は黒いゴーレムの手によって受け止められ……手がそのまま黒いゴーレムの顔前まで持ち上がる。 丁度よくゴーレムの胸の部分に降ろされたルイズは、改めて黒いゴーレムの顔を見ると…… 先程と同じ様に、ゴーレムの目がルイズを見つめていた。 ルイズは、少々脅えながらもゆっくりと黒いゴーレムの顔へと近づきコントラクト・サーヴァントの呪を唱え 多分口だろう場所に、小さく口付けを行なった。 数秒後、黒いゴーレムの左手に巨大な使い魔のルーンが浮かび上がり…… ルイズを抱き抱えて降りたコルベールが、その巨大なルーンを見て「珍しいルーンですね」などと呟く。 これで、クラス全員の使い魔召喚が無事……まぁちょっとしたハプニングがあったが……終了し クラスメイト達は、フライの呪を唱え学院へと戻ってゆく。 その時に、クラスメイトに罵詈雑言を投げかけられるが……ルイズは、不思議と苛立つ事はなかった。 そして、ルイズは黒いゴーレムを見上げて……「この子どうやって学院に連れてったらいいだろ?」と呟いた。 するとその言葉に反応したように黒いゴーレムは、傅きルイズの前に右手を差し置く。 乗れって事だろうか? と、ルイズは黒いゴーレムの手に乗ると……黒いゴーレムは腕を持ち上げ 丁度黒いゴーレムの顔の後ろ……妙に後ろに膨らんでいる部分へと持ってゆく。 なんだろう? と、ルイズが首を傾げると……黒いゴーレムのその妙に膨らんでいる部分が、静かな音を立てて開く。 ルイズは、聞いた事も見た事も無い構造に驚きを表すが、どうやら入れば良いのね? と、呟き中へと入ってゆく。 ルイズが、入ったと同時に開いた場所が閉じ一瞬暗闇後に、明るくなる内部。 そこで、ルイズは改めて驚愕。 黒いゴーレムの中に入ったはずなのに、外の風景が見える。凄い……凄いわ! と、興奮し 後ろにもこんな風景が見えるのかしら! と、後ろを振り向いた瞬間…… 無数の目にギョロリと見られ立ったまま気絶すると言う器用な事をするルイズだった。 三十分ばかりで再起動を果たしたルイズは、無数の目にまたギョロリと見つめられたが……耐性が着いたのか 今度は、気絶せず……コレからどうすればいいのかな? と、考え始めた。 すると、ルイズの目の前に見慣れない文字が書かれた紙の様な物……ウィンドウ……が、現れる。 多分、どうすればいいのか……などと、書かれているのだろうが生憎、書かれている文字がまったく読めない。 はぁ……と、ため息をつくルイズ。 まるで、ため息に反応した様にウィンドウが消えまた出現すると…… 今度は、ルイズが良く見慣れた文字で色々と説明が書かれていた。 結局、その説明書きみたいなモノを一時間ばかりかけて読み……おっかなびっくりあの無数の目がある場所へと近づく。 其処には、穴が四つ空いており……説明に書いてあった通りにまず下に空いている二つの穴に足を入れ…… 次に上に空いている二つの穴に腕を入れようと試みるのだが……何度目かの挑戦後…… 「……背筋と腹筋鍛えないとダメね」 下の穴に足を入れたままがっくりとうな垂れるルイズだったが……なんとかこんとか上の穴に腕を差込顔を上げ前を見た。 「じゃぁ、行きましょうか! ジ・エンド!」 ルイズが、黒いゴーレムの名前……説明にあったゴーレムの名前……を、告げるとジ・エンドは答える様に啼いた気がした。 なお、学院に到着し自室に戻り……ベットに腰掛けた瞬間…… 手を最初に入れた方がやりやすかったんじゃない? などと気づいてルイズは、ベットに沈むのだった。 ~トリステイン学院新聞~ 驚愕! 大地を揺らし走る黒いゴーレム! その正体は、ルイズ・フランソワーズ・ル・フラン・ド・ラ・ヴァリエールが召喚した使い魔! そんな記事があったとかなかったとか……
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前ページ次ページZero ed una bambola ゼロと人形 ルイズが眠りについたころ、エレオノールはそっとベッドから抜け出す、ルイズを起こさぬように。そう、気なるのだあの楽器が。 静かに、ゆっくりと楽器のケースを手に取りそっと開ける。 ガチリという音が静かな部屋に響き渡る。エレオノールはそっとケースを開いた。 「これは…」 エレオノールは思わず声を漏らす。月明かりに照らされたそれは楽器などではなかった。見慣れぬそれを手に取り月にかざす。 「暗くて判り難いけど、これは…」 何だろうか、何かに似ている気がするのだ。懸命に記憶の糸を探るエレオノール。目を瞑り静かに考えに深けはじめるのだ。それを二つの月が優しく見守っている。 そしてゆっくりと目蓋を開けた。 「銃…なのかしら?」 そう、以前にアカデミーで見た銃に形状が似ているのだ。確かにそれは銃だった。だがエレオノールは知るはずもない。それが遥か先の技術で作られた突撃銃(アサルトライフル)であるなどと…。そしてその 銃がステアーAUGという名であることはもちろん知らない。 エレオノールは急に何かを思い出したのか、ポケットを探る。そしてあの円筒形の金属を取り出したのだ。エレオノールは知らない。それが薬莢と呼ばれる弾丸の進化の果てにあるものと…。 「もしかしてこれって」 エレオノールの頭の中に警報が響く。それをしたら後戻りができないと。 エレオノールの心が高まる。その好奇心を満たすのだと。 大きく息を吸い込み、心を落ち着かせようと試みる。そして、震える手でその円筒形の金属、薬莢を銃口に合わせるのだ。 『少し大きい』 そう薬莢は銃口よりも少し大きいのだ。何気なく銃床に目をやると薬莢の大きさに合いそうな穴があるではないか。そう薬莢の排出口だ。 エレオノールは唾を飲み込み、震える手で薬莢を近づける。 AUGから排出された薬莢なのだ。当然大きさも排出口に合う大きさなのだ。エレオノールの聡明な頭脳が最悪の可能性を示唆する。 ルイズがモット伯殺害に何らかの形で関与しているのだと……。 「ルイズ…」 銃とルイズを交互に見つめる。エレオノールの中に葛藤が生じ始めた。 しばらくの間、その場に立ち尽くしていたが、おもむろに銃を楽器のケースに片付け始める。そして何事もなかったかのようにルイズのベットに入り込みそっと彼女を抱きしめるのだった。 Zero ed una bambola ゼロと人形 ルイズが目を開くと横ではまだエレオノールが寝ていた。ふと目を反対側にやるとそこに立つ小さな人影があるのだ。 目を凝らしてみるとそれはアンジェリカだった。アンジェリカは無表情にその場に立ち尽くしている。 『アンジェ、どうしたの?』 そう声を出そうとしたが声が出ない。体を起こそうとしても何かに押さえつけられているのか、全く動けないのだ。 気がつけばアンジェリカはあの銃を構え、銃口をこちらに向ける。ルイズを狙っているのではない。そう隣で寝ているエレオノールに狙いを定めているのだ。 『アンジェやめて! 姉さま逃げて!』 声にならぬ叫びをあげる。アンジェリカはまるでルイズを嘲笑するかのように引き金を引いた。 銃口から飛び出た弾丸はエレオノールを貫き、ルイズを赤く染めるのだ。 「ルイズ…ルイズ…」 赤く染まった姉が名を呼び続ける。 「ルイズ! ルイズ!」 名前を呼ぶ声がさらに強く大きくなった。 「ルイズ! いい加減に起きなさい!」 え? 起きる? 朝日が昇り始めた頃だろうか。まだ薄暗い中、目を覚ましたルイズが目にしたものは、顔を覗き込む姉の姿だった。 「ルイズ! もうやっと起きたのね。」 呆れたように呟くエレオノールにルイズは思わず抱きつく。 「姉さま!」 よかった。夢でよかった。 「ちょっとちびルイズ、朝から鬱陶しいわ」 エレオノールはルイズを引き離す。 「全く、あんた本当に一人で大丈夫なの?」 呆れたようにエレオノールは言う。 「だって…」 「だってじゃないでしょう。あんたどの位成長したのかしら?」 「し、心配しなくても大丈夫よ!」 「本当に? 魔法の一つぐらい使えるようになったの?」 怪訝そうな顔をしながらルイズに詰め寄る。 「だ、大丈夫だもん」 「そう、じゃあ私に見せてくれないかしら?」 「え?」 「使えるんでしょう?だったら今から外に行って何か見せなさいよ」 それを聞いたルイズはあたふたと慌てはじめた。 「ルイズ自信ないの? 魔法使えるって言ったじゃない」 エレオノールはルイズを挑発するかのように話を切り出す。 「ほ、本当だもん! 魔法使えたもん!」 案の定ルイズは喰らいついてくる。 「じゃあ外に出ましょう。ほら、さっさと着替えなさい。もたもたしないの」 急かされるようにいわれ、ルイズは慌てて服を着替える。 「着替えた? ああもう! 寝癖がついてるじゃない」 そういってルイズの寝癖を直すのだ。かいがいしくルイズの世話をするエレオノール。誤解されやすいが根は優しい。 「姉さま自分で出来る」 そう反論するも相手にされず、ルイズの身だしなみをサッと整えたのだった。 朝の静謐な空気。まだ起きている者はそうおらず、中庭は小鳥たちに占拠されていた。 小鳥たちの楽園は、突如として現れた姉妹によって彼女達は楽園から追放され、散り散りに飛んで行く。 「ここならいいでしょう」 「姉さま本当にするの?」 「何いってんの。もしかして魔法使えないのに見栄でも張ったっていうの?」 ルイズは思わず口ごもってしまう。確かに魔法は成功したのだ。そう召喚の儀によってアンジェリカと契約をした『コントラクト・サーヴァント』、その一度だけしか魔法が成功したためしがない。 「何グズグズしてるの」 急かす姉の声がルイズに重圧となって圧し掛かる。あの時以来一度も成功していない魔法。心の中で成功を祈りながら杖を掲げる。 『お願い。成功して!』 ルイズの願いと共は裏腹に杖からは何もでない。ただ杖の先の壁が爆発するのみだった。 「姉さま! 今のは失敗、失敗しただけだから! 次は、次は成功します」 ルイズはエレオノールの顔を覗き込む。そこには呆れた顔をしたエレオノールの姿があった。 「姉さま?」 「ルイズ、もういいわ」 溜息と共にルイズに告げる。 「そんな! 嘘じゃないもん! ちゃんと魔法使えるんだから!」 目に涙を浮かべながら必死にエレオノールに弁解しようとした。 「わかった、わかったから。ルイズ私はもう帰るわね」 どこか諦めたような口ぶりで別れを告げられる。 「待って! 姉さま!」 必死に引きとめようとするがエレオノールは魔法で宙に浮き、ルイズの手の届かぬところへ……。 「ルイズ。たまには家に帰りなさいよ。カトレアなら貴女をいつでも待ってるわ」 そういい残し飛び去って行く。 「姉さま、姉さまぁ」 もはや涙声になりながらも姉を呼び続けるルイズ。その声はエレオノールには届かなかった。 「ルイズ! ゼロのルイズ!」 どこからか名前を呼ぶ声が聞こえる。ルイズは慌てて目元をぬぐい声の主へと振り返る。 「モンモランシー、何か用?」 平静を装って答える。 「貴女どこ行ってたのよ。探したじゃない」 怒鳴るようにモンモランシーは喋り始めた。 「ふ、ふん! わたしがどこにいようと勝手でしょ」 「ああもう! そんなことはどうでもいいのよ。アンジェリカが、アンジェリカが目を覚ましたの!」 「え! 本当に? 本当にアンジェが目を覚ましたの!」 Episodio 18 Alla durata di svegliare 目覚めのとき 前ページ次ページZero ed una bambola ゼロと人形
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前ページ次ページZERO A EVIL お腹いっぱいに朝食を食べて満足したルイズは、使い魔の様子を見に行くことにした。 召喚場所に行ってみると、昨日と同じ場所に石像の姿が見える。 ひょっとしたら、あの変な夢はこの石像と何か関係があるかもしれないとルイズは考えていたが、石像には何の変化もない。 昨日契約のキスをした時、一瞬石像の目が光ったように見えたが、やはり気のせいだったらしい。 ルイズはしばらく石像を眺めていたが、もうすぐ授業も始まるので教室に向かうことにした。 教室に入ると多くの生徒が使い魔と一緒に授業が始まるのを待っていた。 その中にはキュルケとフレイムの姿も見える。 すると、フレイムがこっちを不思議そうな表情で見てくる。 どうやら、もうルイズを怖がってはいないようだ。 席に着こうとすると何人かの生徒が自分を見て笑っているのが目に入った。 いつもの事だと思い、無言で席に着くルイズ。 そんな中、一人の生徒がルイズに対し、侮辱の言葉を投げかける。 「ゼロのルイズ! 使い魔を召喚できないから、土のメイジにゴーレムを作ってもらえるように頼んでたんだろう!」 この小太りの生徒の名はマリコルヌ・ド・グランドプレ。いつもルイズを馬鹿にする生徒の筆頭だった。 頭にきたルイズは思わず立ち上がり言い返してしまう。 「違うわ! 間違いなく私が召喚したのよ!」 「嘘付け! ゼロのルイズに使い魔が召喚できるわけないじゃないか!」 また、あの言葉だ。 ルイズを馬鹿にする生徒が必ず口にする言葉。 『ゼロのルイズ』 その言葉を聞いた瞬間、マリコルヌに対する怒りと憎しみが膨れ上がり、爆発しそうになるルイズ。 だが、丁度そこに教師のシュヴルーズが現れたため、ルイズは黙って座ることしかできなかった。 今日の授業は、魔法の基礎のおさらいをするらしい。 だが、シュヴルーズが授業で話している内容は、ルイズにとっては何の意味もなかった。 魔法の基礎は、すでに一年生の時に必死になって頭に叩き込んであったからだ。 その努力の成果は使い魔を召喚することができたのみだったが…… 授業は何の問題もなく進んでいき、どうやら錬金の魔法の復習に入ったようだ。 「それでは、どなたかに錬金の魔法をやっていただきたいんですが。……ではミス・ヴァリエール、お願いします」 シュヴルーズがルイズを指名したことに生徒達は猛反発する。 「ミセス・シュヴルーズ!それは危険です!」 「ルイズなんかにやらせたら大変な事になりますよ!」 「そうです! ルイズはゼロなんですよ!」 生徒達は反対するが、シュヴルーズは指名を変更する気はなかった。 学院長から出来るだけルイズの手助けをするように言われているし、ルイズが勤勉な学生なのも知っていた。 昨日、使い魔の召喚に成功していることだし、自分の授業で何かきっかけでも掴んでくれればとシュヴルーズは考えていた。 「お友達のことをゼロなどと言ってはいけませんよ。さ、ミス・ヴァリエール、やってみてください」 生徒達は観念したのか、一斉に机の下に隠れ始めた。中には教室から出て行く生徒もいる。 そんな光景を尻目にルイズは教壇に向かう。 自分は使い魔を召喚できた、ということは魔法を使えたということだ。 この錬金の魔法も成功するのではないかという期待がルイズにはあった。 それに夢の中の自分は、最後に敗れはしたが圧倒的な力を持っていた。 自分にだって何か特別な力があっても不思議じゃない。 そんなことを考えながらルイズは教壇の前に立った。 「ゼロのルイズ! どうせ爆発するだけなんだから、やるだけ無駄だよ!」 が、まだルイズに対して文句を言っている生徒がいる。 マリコルヌだ。 やる気になっている自分の邪魔をするマリコルヌに、ルイズは再び怒りと憎しみの感情を抱く。 その時、今朝と同じように左手のルーンが僅かな光を発する。 | こいつはいつも私の邪魔ばかりする!教室に入った時も私を侮辱した!私が魔法を使えないからって、あんたに文句を言われる筋合いはないわ!なんでこんな奴が神聖な魔法学院にいるのよ!ここは魔法だけじゃなくて、貴族としての礼儀や作法を学んで立派な貴族になるための場所でしょ。こいつの行為は、この魔法学院の使命に反しているわ。そうよ……こいつは魔法学院の調和を乱し、私の行動を妨げる…………チョウワヲ ミダスニンゲンハ_ ……ショウキョ シナケレバナラナイ_ ルイズは杖を振り上げた。 …………………… ルイズは一人で教室を掃除していた。魔法を失敗し、教室を爆発させたからである。 だが、教壇の辺りは爆発によって壊れた形跡はない。 その代わり、ある場所が爆発により粉々に吹き飛んでいた。 そこはマリコルヌが座っていた席だった。 ルイズは教壇の上の石ころに錬金の魔法をかけるつもりだったが、気が付くとマリコルヌの座っていた席が爆発していた。 爆風で吹き飛ばされたマリコルヌは重傷を負い、医務室に運ばれていった。 その後、ルイズはシュヴルーズに叱られ、一人で教室の掃除をする罰を受けた。 シュヴルーズが怒ったのはルイズが教室を爆発させたからではない。 ルイズがマリコルヌに向けて、小さな声でサイレントと呟くのが聞こえたからだ。 確かにマリコルヌに苛立ちを感じ、我を忘れそうになっていた。 だが、ルイズにはサイレントの魔法を使おうとした覚えはない。 自分は錬金の魔法を使ったはずだと説明したが、聞き入れられることはなかった。 一向に片付かない教室を見て途方に暮れていた時、通りがかった一人のメイドが声をかけてきた。 「大丈夫ですか? ミス・ヴァリエール」 「あんたは?」 「私はシエスタと申します。良かったら私にも掃除を手伝わせてください」 そう言うとシエスタは教室の掃除を始めた。 命令したわけでもないのに、なぜこのメイドが自分を助けてくれるのかわからなかったが、一人より二人の方が掃除も早く終わる。 そう考えて、特に気にしないことにした。 ルイズは学院で働く平民達から良く思われていない。 なにしろルイズは、自分達と同じように魔法が使えないのに貴族を名乗っているのだ。 平民から妬ましいと思われても仕方がなかった。 貴族に対する不満の捌け口として、陰でルイズの悪口を言う者も少なくない。 魔法が使えないルイズには、自分達が悪口を言っているのを気付かれる心配はないのだから。 だが、シエスタは違った。 彼女はルイズが他の生徒達から馬鹿にされながらも、めげずに努力していたのを知っていたからだ。 ある日の夜、シエスタは妙に目が冴えてしまい眠れなかった。 だから気晴らしに外を少し歩く事にした。 外に出てみると、辺りは静かなもので、多くの生徒達で賑わう昼間とは別世界のように思える。 しばらく歩いていると、学院から離れた所で音がしているのに気が付いた。 不思議に思い音がする方に向かうと、そこには一人の生徒がいた。 シエスタはその生徒と面識はなかったが、生徒が誰なのかは知っていた。 桃色がかったブロンドという特徴的な髪を持ち、同年代の生徒と比べて小柄で細身の体型。 そして、公爵家の三女という立派な肩書きを持った少女。 ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールだ。 シエスタは休憩時間に仕事仲間のメイド達としていた会話を思い出していた。 「今日昼食の時に一人の生徒に文句言われちゃってさー」 「どんなことを言われたんですか?」 「それがね。料理の味付けが濃すぎるとか言われたのよ」 「だからマルトーさんご機嫌斜めだったんですね」 シエスタは昼食後にコック長のマルトーの機嫌が悪かったのを思い出す。 「マルトーさんが怒るのも無理ないよ。これで何回目だろ?」 「貴族様はわがままばっかりで困るよね。礼儀作法にもうるさいし」 「そうそう。私もこの間、デザートのケーキを置く場所が悪いとか文句を言われたよ。お皿の真ん中からちょっとずれただけなのに……」 その話を聞いていた他のメイド達も口々に生徒達への不満を漏らす。 「いくら魔法が使えて偉いからって、限度があるわよね」 「そういえば、貴族なのに魔法が使えない生徒がいなかったっけ?」 「いるいる!態度だけは立派なピンク頭の幼児体型が!」 「そんなことを言ってるのが貴族の方にばれたら大変ですよ!」 平民は貴族には絶対勝てない。 悪口を言っているのがばれたら、貴族にどんな目に遭わされるか考えるだけでも恐ろしかった。 「へーきへーき。魔法が使えなきゃ、私達が何言ってるかなんてわかりゃしないって」 「それに他の生徒達からも馬鹿にされてるみたいだし、友達とかいなそうだよね」 「私、ゼロのルイズとか言われてるの聞いた事ある」 「そういや、ちょっと前まで夜が騒がしかったじゃない。あれ、ゼロが魔法を使おうとして失敗してたらしいよ」 「でも良いわよねー。魔法が使えないゼロでも貴族の暮らしができるんだもん」 他のメイド達はルイズの悪口を言う事によって、貴族への不満を解消しているようだった。 ルイズの事をよく知らなかったシエスタは悪口には参加せず、みんなが話しているのを聞いているだけだった。 やがて休憩時間も終わり、メイド達は仕事に戻る。 ルイズに対し好き放題言えたお蔭なのか、みんな妙にすっきりしているようにシエスタには見えた。 そんな事を思い出しながら、しばらく遠くから眺めていると、急にルイズのいる辺りで爆発が起こった。 驚いたシエスタはルイズに駆け寄ろうとしたが、よく見ると地面が爆発しただけでルイズに怪我はないようだった。 そういえば休憩時間に、ルイズが夜に魔法を使おうとして失敗していたと聞いていたのを思い出す。 その後もルイズは何度も失敗し、爆発を起こしていたが、一向に諦める気配は無い。 そんなルイズの姿を見ながら、シエスタの脳裏にある考えが思い浮かぶ。 ルイズはこうやって夜遅くまで、魔法が使えるようになるため練習していたのだ。 それもみんなに迷惑をかけない様に、わざわざ学院から離れた場所で。 (この方は、あれだけみんなに馬鹿にされながらもめげずに頑張ってるんだわ) そう考えると、ルイズに対して好意的な感情が沸いてくる。 自分が見ている事でルイズの邪魔になっては悪いと思い、シエスタは学院に戻ることにした。 もしルイズが困っている事があれば、出来る限り手助けをしようと思いながら…… 夜空には、二人の少女を優しく照らす様に二つの月が輝いていた。 前ページ次ページZERO A EVIL
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「ん、なあに? 聞きたい事? ……ああ、それは太陽ね。朝になると昇るし、夜には沈むわ。 あれがないと農作物は育たないし、皆からも元気がなくなるし……え? あれ? あっちは太陽じゃないわ。あれは……」 月明かり差し込む部屋に、少女の声が響いている。ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの声だ。 一見延々と独り言を続けており、見るものが見れば、ヴァリエール家のご令嬢の……あるいは、出来そこないのゼロのルイズの気が、遂に触れたと思ってしまうだろう。 だが、それは独り言ではない。 会話相手の声は、ちゃんと響いていた。――ルイズの頭の中だけに。 一体、どうなっているのだろうか。 話は、二人が出会った日まで遡る。 『ここは、どこ? ボクは、だれ? どうしてボクは、ここにいるの……?』 そう囁く声を聞き、流石のルイズも飛び上がるほどに驚いた。 「あ、貴方……お、起きてる、の?」 確かミスタ・コルベールは、彼が胎児にも等しい状態だと言っていた。そしてその命は脆いとも。 だが、彼は生きていた。目は閉じているし、身体も水の中で丸めたままだが、生きていた。 「ねえ! もう一度、もう一度でいいわ! 何か言って!」 ルイズは水槽に顔を押し付けそうな勢いでかぶりついた。 『……キミは……なあに?』 使い魔が――しかも、まだ言葉も覚えていないであろう胎児が言葉を発した。 韻竜か、何らかの先住魔法なのか、はたまたルイズも知らぬ未知の力なのか。 あの状態から持ち直した事も驚きだったが、こうして口を利いたことも驚きだった。 ルイズは唾を飲み込み、 「わ、わたしは、ルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……あなたを呼び出したメイジよ」 と、名乗った。 『…………る、い、ず?』 まただ。また、聞こえた。おまけにその言葉は、ルイズの頭の中に直接聞こえてきた。 しかも、話しただけではない。ルイズの存在を認識し、その言葉に答えたのだ。 緊張なのか恐怖なのか、あるいは興奮なのか。ルイズの額を汗が伝った。 「そ、そうよ。ルイズ。それが、わたしの名前。……言ってみて?」 『る、い、ず……るいず……ルイ、ズ?』 「そう! ルイズ!」 ルイズ、ルイズ、と、覚えようとするように復唱する「彼」。 やがて彼は、 『うん。おぼえたよ、ルイズ』 と答えた。そして、 『ねえ。ここは、どこ? ボクは、だれ? どうしてボクは、ここにいるの?』 そう、無邪気な――しかし不安げな声で、そう尋ねてきた。 どうやら、知能は高いらしい。ルイズはそう判断すると、質問に答え始めた。 「ここは、トリステイン魔法学院の医務室よ。貴方は……」 先ほど決めた名前を、告げる。 「……ブロン。貴方の名前はブロン。わたしが召喚した使い魔よ。ここにいるのも、わたしが貴方を呼んだから」 その白い身体を見て、思いついた名前だった。 『ブ、ロ、ン? ツ、カ、イ、マ? それが、ボク?』 「そう! そうよ、ブロン!」 解ってくれたらしい。ルイズはなんだか嬉しくなった。 彼は、ブロンは、生きている。こんな状態でも、彼は生きていてくれる。しかも、お話をすることが出来る。 『コントラクト・サーヴァント』はまだ出来ないだろうが、それでもルイズは嬉しくなった。 が、しかし。世の中そんなに甘くないのが常である。 『じゃあ、ルイズもツカイマ?』 ルイズは思わずズッコけざるをえなかった。 「違うわよ! わたしはメイジ! 魔法使いで貴族で、貴方のご主人様!」 『……???』 混乱したような気配が返ってきただけだった。 「……まあ、あなたはまだ小さいしね。これから教えてあげるわ。時間はまだ、沢山あるし」 意思疎通には困らないようだし、表に出てから苦労しないように、色々教えるのはいい事かも知れない。ルイズはそう思った。 途端、ルイズの中に弾んだ思考が飛び込んできた。 『ほんと? あのね、ルイズ。ボク、もっと、いろんなことしりたい! じゃあね、ルイズ。あのねぇ、ツカイマって、メージって……いったいなんなの?』 ルイズは咳払いをひとつすると、かつて自分が教わってきたことを思い出しながら、話しはじめた。 「それじゃ、教えるわ。そうね、まずはこの国の事から教えたほうが分かりやすいかしら」 『うん! おしえてルイズ!』 この世界の事、メイジの事、使い魔の事、学園の事、自分の事、そして、ブロンの事。 教える事は多すぎて、とても一日で伝えられることではなかった。 それにルイズの本業は、あくまで学生である。いくらゼロと呼ばれようが、魔法が失敗しようが、日々勉強し、立派なメイジ、貴族を目指すのが本分だ。 だから結果的に、夕食後から消灯までが、この小さな学校の時間となった。 ブロンの物覚えは目覚しかった。好奇心も強く、何かを学ぼうとする意欲も申し分ない。 一を教えれば十を知りたがり、百、千と知りたがる。 ルイズというたった一つの接点を通じ、ブロンはますます賢くなっていくようだった。 そしてルイズもブロンに教えていく中で、また新しい見方を発見していった。 そして、今に至る。 「あれは月よ、ブロン」 『つき? ねえルイズ。どうしてつきはふたつなの? おひさまはひとつなのに。どうして?』 「……うーん」 『ねえねえ、どうして? どうしておつきさまはふたつなの? ねえ、ルイズったらあ。ねえ!』 「それは……また今度調べとくわ」 『そう? あ、それからね、ルイズ。あのね……』 気がつけば二人は、メイジと使い魔の関係ではなく、むしろ姉と弟、あるいは母と子のような、より近しい関係になっていった。 たとえ少しの間だけだとしても、互いに教え、教えられることで、その絆はより深く固いものへと変わっていった。 しかし。 昨日の敵は今日の友という。が、今日の友は明日も友とは、限らない。ましてや、双方心や主張を持っているからこそ、永遠の絆はそうありえることではない。 二人は、まだ。それに気づいていない。
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前ページ次ページラスボスだった使い魔 (…………うん、落ち着きましょう) すう、と息を大きく吸って、はあ、と吐き出すルイズ。 それだけのことに、何故かけっこうなエネルギーを使った気がした。 (……とりあえずは、状況の整理ね) まず、今朝早くにワルドが部屋にやって来て、叩き起こされた。ちょっとムッとした。 次に、いきなり『今からウェールズ皇太子に君と僕の結婚式をうんぬんかんぬん』と言われた。何を言ってるのか分からなかった。 そして、『君の使い魔君も賛成してくれたよ』と言われた。後であの馬鹿を怒鳴りつけたあと、説教して乗馬用の鞭で叩いてやろうと思った。 チンプンカンプンのまま軽い朝食を食べていたら、ツェルプストーやギーシュから『おめでとう』と言われた。あの馬鹿使い魔からは何も言われなかった。軽く殺意が芽生えた。 お城の中の礼拝堂までワルドに少し強引に連れて行かれて、そこで新婦の冠を頭に乗せられた。綺麗だったけど、今のこんな状況で、そんなものをかぶる気にはなれなかった。 あれよあれよと言う間に学生用の黒いマントを外されて、花嫁用の白いマントを羽織わされた。やっぱり、そんな気分じゃない。 そして今、わたしは始祖ブリミルの像の前に立っている正装したウェールズさまの前で、ワルドの横に立って――― (…………………………落ち着きましょう) チラリと視線を動かすと、参列客としてキュルケとタバサ、ギーシュとユーゼスがいる。 彼らはどうも、今のこの状況に疑問を抱いていないらしい。……全員の頭を、平手でハタきたくなってきた。特にユーゼスは念入りに。 混乱したままで突っ立っていると、いつの間にか式が始まってしまった。 「新郎、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、この者を敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか」 「誓います」 (いや、ちょっと待って……落ち着くのよ、ルイズ) もはや何度目か分からない心の呟きである。 (……なまじ途中経過を考えたりするから、混乱したりするのよ) この場合、最も重要なのは『結果としての現在の状況』と、『その状況に対してどう対応するか』だ。 ルイズは高速で思考を開始する。 まず、現在の状況。 結婚式の真っ最中。新郎はワルド。新婦はわたし。もうすぐわたしの誓いの言葉。 そして、その状況に対してどう対応するか。 (…………どうしよう) 何もかもがいきなりすぎて、考えが上手くまとまらないが―――とにかく、自分はワルドと結婚する。 結婚しそうになっている。 ワケの分からないまま、強引に結婚させられそうになってしまっている。 (ワルドと、結婚……) 今よりも幼い頃は、ぼんやりとそのイメージを抱いているだけだった。単純な憧れ、と言ってもいい。 だが10年の時を経た今、いざこうして結婚に踏み切って……踏み切らされてみると……。 (……ワルドと、結婚) 色々とあったせいで、彼に抱いていた憧れは再会した当初に比べれば随分と目減りしてしまったが、それでも消えてしまってはいない。 彼のことは嫌いではない。少なくとも、昔は好きだった。 今も、好き……なのだと、思う。 (それは、『今すぐ結婚しても良い』と思えるほど?) 自問する。そして、思い出す。 昨晩、使い魔に言ったばかりではないか。 ―――『……立派なメイジにはなれてないし、アンタのことだって、屈服させてないんだし……』――― そう。 一人前のメイジにもなっていないし、あの常に涼しい顔をしている使い魔のハナだって明かしていない。 それに―――何だか、ワルドに抱いている気持ちは、結婚とは、違う気がする。 だから……。 「新婦、ラ・ヴァリエール家公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。汝は始祖ブリミルの名において、この者を敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか」 だから、わたしはこう言うのだ。 「いいえ、誓えません」 礼拝堂がざわめく。 ウェールズとワルドは目を何度かまばたかせて、 「し、新婦?」 「……ルイズ?」 と、新婦だったはずの少女に問いかけた。 その少女―――ルイズは毅然とした表情と態度で、それに答える。 「ごめんなさい、ワルド。わたし、あなたとは結婚出来ない」 「む……。新婦は、この結婚を望まぬのか?」 「そのとおりでございます。お二方には大変失礼をいたすことになりますが、わたくしはこの結婚を望みません」 ワルドの顔が紅潮する。ウェールズは、うーむと首を傾げてそんなワルドに宣告する。 「子爵、誠にお気の毒だが、花嫁が望まぬ式をこれ以上続けるわけにはいかぬ」 「待て、待ってくれ、ルイズ。そりゃあ、いきなりだったのは謝る。しかし……」 「……憧れだったわ、ワルド。もしかしたら恋だったかもしれない。でも、今は違うの」 「ルイズ!」 口調を荒げ、ルイズの肩を強く掴むワルド。その痛みに、ルイズは顔をしかめた。 ……ワルドの顔は険しくつり上がり、瞳には冷たい光が宿っている。 「世界だ、ルイズ。僕は世界を手に入れる! そのためには君が、君の能力が、君の力が必要なんだ!!」 今までとはガラリと雰囲気を変えたワルドに詰め寄られ、ルイズは恐怖を感じながらもキッパリと告げた。 「……いらないわ、世界なんて」 「いつか、君に言ったことを忘れたか!? 君は始祖ブリミルに劣らぬ、優秀なメイジに―――」 さすがに見苦しく感じたのか、ウェールズがワルドをいさめようとする。 「子爵……、君はフラれたのだ。いさぎよく……」 「黙っておれ!」 ウェールズの手をはねのけ、なおもワルドはルイズに迫る。 「ルイズ! 君の才能が、僕には必要なんだ!!」 「……わたし、そんな才能のあるメイジじゃないわ」 「だから何度も言っている! 自分で気付いていないだけなんだよ、ルイズ!!」 そんな光景が繰り広げられて、さすがにキュルケたちも立ち上がり始める。タバサも視線を向けた。 ―――ユーゼスだけは、ただ冷静にワルドの様子を眺めている。 「……そう。あなたが必要で愛しているのは、何の根拠もなくわたしにあるってあなたが思い込んでる、『わたしの魔法の才能』なのね」 悲しそうに、ルイズは言う。 「…………そんな理由で結婚しようだなんて、こんな侮辱はないわ。ええ、あのラ・ロシェールの時も比較にならないくらい!!」 叫びながらルイズは暴れ出し、ワルドの手から逃れようともがく。 ウェールズが、今度はワルドの肩に手を置いてルイズから引き離そうとする。が、今度は強く身体を突き飛ばされてしまった。 「うぬ、なんたる無礼! なんたる侮辱! 子爵、今すぐにラ・ヴァリエール嬢から手を離したまえ! さもなくば、我が魔法の刃が君を切り裂くぞ!!」 ウェールズの言葉に効果があったのか、ワルドはすっとルイズの手を離す。 そして優しい……優しすぎて作り物にしか見えない笑顔を浮かべて言った。 「こうまで僕が言っても駄目なのかい? 僕のルイズ」 「……『僕のルイズ』? 誰が、いつ、あなたのものになったのよ?」 怒りを込めて返答される。それを聞いて、ワルドは天を仰いだ。 「やれやれ。この旅で君の気持ちを掴むために、随分と努力したんだが……」 そして、ギロリとユーゼスを睨んで舌打ちする。 「仕方がない。まずは最優先の目的を果たそう」 「え?」 ルイズが困惑の声を上げた瞬間、ワルドは素晴らしい速度と手際で杖を抜き、詠唱を完成させ、青白く光る魔法の刃でウェールズの心臓を貫いた。 「き、貴様……、『レコン・キスタ』……」 ウェールズの口と胸から大量の血が流れ、床に倒れ込む。 「ワルド……!! あなた!!」 バッ、とワルドから飛びすさるルイズ。 「ルイズ、下がってなさい!」 すぐさま椅子を飛び越え、キュルケが火球を放つ。 だが、ワルドはすぐさまウェールズの身体から風の刃を抜き放ち、火球を迎撃した。 その間にルイズはギーシュたちと合流し、ワルドと向き合う。 ルイズ、ギーシュ、キュルケ、タバサ、そしてようやく立ち上がったユーゼス。 そして彼らと対峙したワルドは演説でもするようにして、ルイズたちに自分の目的を語り始めた。 「……この旅における、僕の目的は3つあった。 1つはルイズ、君を手に入れること。……しかし、これは果たせないようだね。 2つ目の目的は……ルイズのポケットに入っている、トリステインとゲルマニアの同盟を瓦解させるという手紙の入手。 そして3つ目、たった今達成したが、そこで倒れているウェールズ皇太子の命だ」 「貴族派だったのね! ワルド!!」 「そうとも」 怒鳴りながらのルイズの問いに、ワルドは平然と答える。 「魔法衛士隊の隊長の……トリステインに忠誠を誓ったはずのあなたが……どうしてだ!?」 「我々『レコン・キスタ』はハルケギニアの将来を憂い、国境を越えてつながった貴族の連盟さ。我々にそのような『国家の縛り』はないのだよ、ギーシュ君」 「……!!」 ギーシュは怒りに身を震わせながら、ワルドの言葉を聞く。 「道中で、やたらとルイズの気を引こうとしてたのは……」 「ルイズの心を、僕に傾かせるためだ。……どうやら、ことごとく逆効果だったようだがね」 「ラ・ロシェールまでの道のりで襲ってきた夜盗や、宿で襲ってきた傭兵たちを手配したのも……!」 「……颯爽と活躍して、ルイズに僕の実力を印象づけるために仕込んだのだが……どうにも上手くいかなかったな」 「アンタ……!!」 珍しく、明確な怒りを露わにするキュルケ。 「……そう、全てはハルケギニア統一のため。そして、ハルケギニアは我々の手で1つになり―――始祖ブリミルの光臨せし『聖地』を取り戻すのだ」 「何が……、何が、あなたをそんな風に変えてしまったの? ワルド……」 「変わった、か。それは僕のセリフだよ、ルイズ。君がここまで『強く』なっているとは思わなかった。おかげで僕の計画はメチャクチャだ。……やはり、そこの使い魔君のせいかな?」 言って、ワルドは再びギロリとユーゼスに視線を移す。 ……視線を向けられたユーゼスは、ワルドに対して率直に、 (若いな……) そんな感想を抱いていた。 ユーゼスは、ワルドを見て思う。 (……ここで下手に正体を明かすよりは、正体を隠したままで去り際にウェールズを暗殺でもすれば良かっただろうに) そうすれば、獅子身中の虫としてトリステインに潜み続けることも出来たはずだ。 ……おそらく彼のシナリオでは、ここで自分たちを全滅させた後、自分1人だけがトリステインに戻ることになっているのだろう。 そもそも、彼は焦りすぎていた。 ルイズの心を掴もうとするにしても、自分を比較対象にするのではなく、もっと適役がいそうなものだ。 大体、本当にルイズの力『だけ』が欲しいのなら、禁制の水の秘薬なり何なりを使って操れば良いではないか。 それをしなかったのは、この男のプライドのためだろうか。 ―――と、ここで、アルビオン行きの船に乗る直前に感じた、『ワルドが誰に似ていたのか』の『誰か』に思い当たる。 過去の……若い頃の自分だ。 戦闘・権謀術数タイプと頭脳・研究タイプと、人間としての種類は異なっている。 だが妙に自信たっぷりで、無駄にプライドが高く、自分の行動が成功すると大した根拠もなく確信しており、内心では腹黒いことを考え、成功する保証もないのに物事を焦って強引に運び、糾弾されても悪びれもしない、なまじ優秀だから失敗してもほとんど気落ちしない―――と、かなり共通点があった。 (……………) 何ともまあ、因果な世界である。 立場が違っていれば、『先達』として色々とアドバイスも出来たのだろうが……そういう訳にはいかないようだ。 第一、アドバイスなどしても聞き入れはしないだろう。自分もそうだったのだし。 「まあ、良い。言うことを聞かぬ小鳥は、首を捻るしかないのだからね……」 ワルドは杖を構える。魔法の攻撃が来るのか、と全員が身構えるが……。 「さすがにこの人数相手では、僕も本気を出さざるを得ない。 では、何故……風の魔法が最強と呼ばれるのか、その理由を教育いたそう」 「!」 『何の魔法が繰り出されるのか』を察したタバサが即座に風の刃を放つが、それを回避してワルドは詠唱を行う。 「ユビキタス・デル・ウィンデ……」 「あれは、確かミスタ・ギトーが使おうとしていた……!?」 驚いている間に、詠唱は完了してしまった。 そして、ワルドの身体が5人に分身する。 「な……!?」 (……まるでバルタン星人だな) その外見を知ったら、間違いなくワルドが怒りそうな引き合いをユーゼスは思い浮かべた。 「風の『偏在(ユビキタス)』……。風は偏在する。風の吹く所、いずことなくさまよい現れ、その距離は意志の力に比例する」 ワルドの分身たちは懐から白い仮面を取り出し、顔につける。 「……あ、あの仮面の男も……!」 「そう、それも僕だ」 そのセリフにピクリとユーゼスが反応したが、今はそんなことを気にしている場合ではない。 「これら1つ1つは、それぞれに意志と力を持っている。 ―――さあ、少年少女諸君。せいぜい抵抗してくれたまえよ?」 言うや否や、5人のワルドがそれぞれ個別に襲い掛かってくる。 かくして、戦いが幕を開けたのだった。 同じ属性のメイジ同士の戦いは、クラスと戦い方、そしてその時の状況が物を言う。 例えば同属性のラインメイジ同士が戦った場合、一方は一点集中型の攻撃が得意、対するもう一方は面制圧のような広範囲にわたる攻撃が得意だとして、さてどちらが勝つだろうか。 ……これはハッキリ言って『正解のない問い』であり、強いて言うなら正解の1つは『状況による』である。 一点集中型が一撃で勝負を決するかも知れないし、逆に広範囲型が攻撃の隙を突いて仕留めるかも知れない。 そのメイジの性格や気性もあるだろうし、精神力の総量にも若干の差があるだろう。 要するに―――実際に戦ってみなければ、分からないのだ。 「!」 「ほう、よくやるものだ……!」 『ウィンド・ブレイク』、『エア・ハンマー』、『エア・カッター』、『エア・ニードル』。 ことごとく同じ魔法がぶつかり、相殺される。 ……いくら同じ属性同士とは言え、ここまで攻撃が噛み合うことは通常あり得ない。 (遊ばれている……) タバサは、ワルドの行動をそう分析していた。 それ以外に、わざわざ自分の攻撃に合わせてくる理由が思い当たらない。 つまり完全に格下と見られているということであり―――そこに、つけ入る隙がある。 「………」 立ち止まりながらの魔法の撃ち合いではラチが明かないと判断し、ワルドの周囲をぐるりと回転するようにして走り出す。 そして呪文の詠唱を開始するが、 「次は『エア・ストーム』か!」 あっさりと次の手を見破られた。このあたりはさすがと言うべきか。 杖を構え、下手に動くなどという愚は犯さずにピタリと狙いをつけるワルド。 そしてタバサはそんなワルドに構わず、 「……!」 呪文の詠唱を中断し、旋回も止めて、一気にワルドへと接近した。 「何!?」 虚を突かれたワルドもまた、『エア・ストーム』の詠唱を途中で中断してしまう。 (速い……!) ただ走っているだけだというのに、この青髪の少女のスピードはかなりのものだった。どう見ても戦闘に向いているようには見えないが、どこかで訓練でも受けたのだろうか。 ワルドは後方へと飛び、距離を取る。無論、迎撃のための呪文の詠唱も忘れない。 放つ呪文は、 (『ライトニング・クラウド』……) ワルドの杖からバチバチと火花が散り、そして閃光とけたたましい音が炸裂し、稲妻が走る。 バリィイイイイインッ!! その威力は分かっていた。まともに受ければ死んでしまう魔法だ。 一昨日には実際に目にしたし、それ以前から知識として知っている。 ―――だから、そんな魔法への対策など、タバサは使い魔を召喚する前から考案済みである。 ワルドは、青髪の少女が叫び声を上げ、醜く焦げる情景を想像した。……あまり想像したくもなかったのだが、この魔法はそういう魔法なのだから仕方がない。 しかし、想像していたような叫び声は聞こえない。 肉が焦げる臭いもしない。 どういうことだ、と目を凝らしてみると……。 「……水!?」 『ウォーター・シールド』。その名の通り『水の盾』を発生させる、単純なドットスペル。 火系統以外のメイジならば、ほとんど誰でも使える魔法。 そんなものに、殺傷に長けた『ライトニング・クラウド』は止められていた。 「………」 タバサは『ウォーター・シールド』を解除し、更に『フライ』を使って高速でワルドに接近した。 バシャリと水のカタマリが飛散して髪や服が濡れるが、気にせず進む。 ……ハルケギニアにおいて、『電気』はほとんど研究されていない。 それは逆に言うと、ごく少数ではあるが研究はされているということである。 タバサが常日頃から読みあさっている本の中には、1冊だけだがその電気について記されていた本もあった。 それには“『ライトニング・クラウド』も電気の一つの形である”と書かれており、また“海水などは電気を通しやすいが、真水は電気を通しにくい”とも書かれていた。 どうやら水というものは、不純物が少なければ少ないほど電気を通しにくくなるという性質があるらしい。 タバサは、それを利用したのである。 「くっ!」 空を飛びながら接近するタバサに向かって、ワルドは刃の杖を突き出す。何せ自分から接近してくれるのだから、これほど狙いやすい相手はいない。 だがタバサは急激に軌道を修正して、その結果、 ビッ! 杖がタバサの左肩をえぐり、赤い血が噴き出した。 通常、人間は痛みを感じれば少なからず動揺し、隙が生まれる。ワルドはそこを突いてタバサを更に攻撃するつもりだったのだが――― (な……全くひるまない!?) 目の前の少女は本当に人間なのか、と驚愕する。 この戦い方は、自分の身体を『使い捨ての消耗品』のように捉えなければ出来ることではない。 言葉で言うのは簡単だが、人間―――動物は基本的に、自分の身を守ることを最優先に行動するものだ。 「………」 ワルドが呆気にとられている間に、タバサは詠唱を完了した。 繰り出す魔法は『ブレイド』。魔法の刃が、ワルドの身体を貫通する。 「が……!」 刺し貫かれながら、ワルドはタバサの顔を見た。 ……まるで、人形だ。 痛みに歪む様子も、戦いに対する恐怖や高揚も、勝利に対する喜びすらも見えない。 「貴様、何者……」 タバサは答えない。 答える必要など、ない。 そしてワルドの身体は消えていく。どうやら自分が相手をしていたのは『偏在』で作られた分身だったらしい。 それが完全に消えたことを確認すると、タバサはやはり無表情に、自分の左肩へと『治癒』をかけ始めたのであった。 「……さて。私の意見になるが、火系統は、非常に使い勝手が悪い」 「はあ?」 ラ・ロシェールへと出発する前日、ユーゼスの研究室にてキュルケは彼の意見を聞いていた。 「……ちょっと聞き捨てならないわね。火は、四系統の中でも攻撃力は最強よ?」 「『単純な攻撃力』はな。しかし火は四系統の中で、最も『物理的な力』が弱いのだ」 「ぶつりてき?」 そこから説明しなければ駄目か、とユーゼスは改めて説明する。 「土や水は確固たる『質量』があるし、風にも『押し出す力』があるが、火は単体では『力』がない。火事になって家が『燃え尽きた』ことはあっても、『家が吹き飛んだ』ことはないだろう。火事の原因が爆発にある場合は別としてな」 「…………むう」 「と言うか、他の系統との相性がおしなべて悪い。 水は言うまでもないが、土も炭化させるまで焼き尽くして崩すか融解させるしかなく、風が相手では……お前が実際に体験したように霧散させられるか、周囲を真空にされて炎そのものを掻き消されるかだ」 「じゃ、じゃあ、どうしろってのよ!?」 火の有用性や応用方法を聞きに来たのに、最初から『火は駄目な系統です』と言われてしまって焦るキュルケ。 そんな彼女に、ユーゼスは平然と答えた。 「火を『空気の燃焼』として考えるから、そこで行き詰まるのだ。『熱のカタマリ』と考えろ」 放った火球は、予想通りに掻き消される。 何せこれで通算3度目である。分かりきっていたことだが、やはりムカつく光景だ。 出来れば力押しで、火系統の優秀さをこの風のスクウェアメイジに見せ付けたかったのだが……仕方がない。 (重視するのは『火の勢い』じゃなくて、『熱』……) キュルケは意識を集中し、杖の先端に火球を生成する。 自身の系統を象徴するような赤い髪がざわめき、彼女から強い魔力がほとばしっていることを窺わせる。 火球はゆっくりと膨れ上がり、1メイルの大きさにまでなった時点で膨張を止めた。 しかし、キュルケは火球に魔力を注ぐことを止めない。 「フッ……、火球の威力を上げているのかね?」 馬鹿にしたような口調で、ワルドが問いかける。 どれだけ威力を上げようとも、対象が『火』である以上は『風』の優位は揺るがない。 まあ、せいぜい足掻くのを見物するか―――と、ワルドはキュルケが火球の『熱量』を上げていくのを見続けていた。 そして1分ほど経過し、キュルケの頬を一筋の汗が流れた所で、 「行け!!」 今のキュルケが作ることの出来る限界まで熱された火球が、ワルドへと放たれた。 だが。 (……遅い。狙いも外れている) 素人でも避けられるスピードで、しかも明らかに高めに撃ち出されていた。 あれなら、わざわざ掻き消すまでもなく外れるだろう。 「やれやれ……」 正直、拍子抜けである。 落胆を隠そうともせず、ワルドは魔法の詠唱を開始した。キュルケは自分の攻撃が大きく外れたことに業を煮やしたのか、身を低くかがめながら杖を片手に突っ込んでくる。 ちょうど先ほど放った火球を追いかけるような、しかし一定の距離を保つような速度だ。 (……ツェルプストー家も、この程度か) 真正面から向かって来るキュルケへと『エア・ニードル』を放つ。 風の槍はそのまま前進し、数秒後には鮮血を撒き散らして横たわる女の死体が――― 「っ、何!?」 ワルドの予想を裏切り、キュルケは『エア・ニードル』を最小限の動きで回避した。 (何故だ!?) 驚愕しながらも『エア・ニードル』を連発するワルド。さすがに近付いて来るにしたがってキュルケの回避動作も大きくなるが、しかし確実にキュルケはワルドの攻撃を回避していく。 (私の狙いは、それほど甘くはないはず……。感覚を狂わせる魔法が使われた形跡もない……まさか、撃ち出した後にエア・ニードルの『狙いがズラされている』のか!?) あり得ない。 キュルケが行ったことと言えば、無意味に高温で速度も遅く、狙いも『人間1人分ほども外れている』火球を放った程度のはず。 「!」 バッ、とその火球を睨む。 異常なほど熱された火球は、キュルケに先行するようにして上方を飛んでいる。 「……子爵様はご存知かしら? 『熱』でも『風』は起こるのよ?」 聞こえてきた声に、ワルドは目を見開いてキュルケを見た。 空気を通して伝わってくる強力な熱によって顔には汗が浮き、赤い髪はその汗で額に張り付いており、そして張り付いていない髪は風になびいている。 ―――熱対流、という現象がある。 熱されて軽くなった流体が上方に動き、逆に冷たい流体が下方に動く、というものだ。 この場合の『流体』とは『空気』のことである。 ……無論、少々の風が吹こうとも、風魔法の『エア・ニードル』はそこまで狙いをズラしたりはしない。せいぜい胸を狙った攻撃が、肩や頭に当たる程度の狂いである。 だが、キュルケにはそれで十分だった。 それだけの誤差が生じていれば、動体視力と身のこなしで回避は可能だ。少し危なくはあるが。 「ええい!!」 ワルドが『エア・ニードル』の照準を巨大な火球に向けるが、時すでに遅し。 「……!」 さすがにあんな熱量の物が目の前で爆散してしまってはキュルケもタダでは済まないので、火球を消滅させる。直後に『エア・ニードル』が通り過ぎて、残った火の粉や熱を拡散させていった。 そして気が付けば、ワルドとキュルケは手を伸ばせば届く位置にいる。 「くっ!」 即座にワルドは杖を突き出し、キュルケを攻撃した。 それをキュルケは身をひねって回避し、更に一歩を踏み込んでワルドの鳩尾にヒザを叩き込む。 「が……ほっ!」 ラ・ロシェールにて、ワルドの攻撃の際の動きは見ていた。 軍人としてとても完成されている、素晴らしい動きであった。 だが、ツェルプストー家は軍人の家系。すなわち、 「……あなたたちが使う動きなんてね、赤ん坊の頃から見慣れてるのよ」 言いながら、呼吸困難におちいるワルドの胸に杖を突きつけるキュルケ。 「少しばかり情熱が足りなかったわね、子爵様」 ワルドは右手を上げて彼女を制止させようとするが、キュルケは構わずに炎をワルドにぶつけた。 「―――あら、消えちゃった。分身だったみたいね」 額を流れる汗を右手で拭い、左手で髪をかき上げる。 「ま、そんなのであたしの相手が務まると思ったら大間違いってことよ!!」 勝ち誇って笑い声を上げるキュルケ。 普通であれば嫌味に見える光景だが、むしろそれが彼女の鮮烈さを際立たせていた。 ―――人を惹きつける華々しさ、凄絶なまでの猛々しさ、そして燃え盛る炎を連想させる熱さ。 キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーという女性は、これらの要素を全て合わせ持っている。 ドガァァアアアアン!! ギーシュの得意な『錬金』で作られた、青銅のゴーレムが吹き飛ばされた。 「う、うう……」 (何で僕は、こんなところで魔法衛士隊の隊長と戦ってるんだろう……) 心中で疑問を投げかけてみても、答えてくれる者は誰もいない。 答えてくれそう(だと勝手にギーシュが思い込んでいる)な人物であるユーゼスも、ワルドとの戦闘の真っ最中だ。 (僕はどうやって勝てば……いや、どうやって生き延びればいいんだ!?) 実力的には、完全に負けている。 経験的には、圧倒的に劣っている。 メイジのクラスでは、完膚なきまでに先を行かれている。 つまり勝てる要素どころか、生き残る要素すら見当たらない。 (ど、どうしよう……) 考えたって、悩んだって、分からない。 そもそも、そんなに簡単に解決方法が見えるのなら、苦労しない。 ドゴッ!! 「ぐぁっ!?」 『エア・ハンマー』で殴られた。痛い。 「……どうやら2体ほどやられてしまったようだからね。もう少し君をいたぶっても良かったのだが、手早く終わりにさせてもらうよ」 「う、うううぅぅうぅぅ……!!」 カツカツと足音を響かせながら、ワルドがこちらに向かって来る。 怖い。 這いつくばりながら、バラの造花の杖を握るギーシュ。 だがその造花の花びらは、今の『エア・ハンマー』の衝撃でかなり散ってしまっていた。まるでワルドの行く道をいろどる花道のようだ。 ―――今までの思い出が、雪崩のように蘇る。 (父上、母上、兄さんたち、レイナール、ギムリ、マリコルヌ……ああ、そう言えばモンモランシーとはケンカ別れしたままだった……) こんなことならモンモランシーにとっとと謝っておけば良かった、と後悔してももう遅い。 (結局、この前に払った300エキューも無駄になったなぁ……) ユーゼスに300エキュー返せ、と叫びたくなったが、死にそうな状態で金は役に立たない。 思えば、ラ・ロシェールの宿屋でのユーゼスの話の内容も……。 「……あれ?」 ふと思い出す。 『精神力の総量を増やすことがそう簡単に出来ない以上、その使い方を考えるべきだが……』 問題なのは、使い方。 ならば武器を持たせよう、とギーシュは提案したが、 『根本的な“改善”になっていないな。それに、持つ武器はせいぜい剣や槍だろう? 接近して拳をぶつける今と、あまり差が無い』 と、ギリギリ及第点に届かない採点結果であった。 『……ゴーレムにこだわる必要もないと思うがな。例えば、トラップのようにその花びらを配置して……』 ワルドは、自分の造花の花びらを踏みながら、こちらに歩いてきている。 「!!」 慌てて『錬金』を唱える。ワルドが踏んでいた花びらはそれに反応し、その姿を鋭い青銅の刃に変えた。 ザクッ! 「ぐっ!?」 しかし、足を貫きはしなかった。足の側面、クルブシのやや足先よりの部分を切っただけである。 「くっ……、やってくれるな、坊や……!」 「あ、あわわわわ……」 ワルドから物凄い形相で睨まれたので、ギーシュはガクガクと震えながら後ずさった。 (え、え、ええーと、他には、何て言ってたんだっけ……!?) とにかく大急ぎで、記憶の泉をザブザブ漁り始める。 『それは貴族の戦い方ではない、か。しかし人型のゴーレムにこだわっていては……。そうだ、いっそのこと“獣型”というのはどうだ?』 (って、相手はグリフォン隊の隊長、獣相手のエキスパートだぁぁああああああ!!) 大体、自分は人型のゴーレムしか作ったことがない。ぶっつけ本番で上手くいくとも思えない。 『優美さに欠ける? 随分と下らんことを……いちいち怒るな、取りあえずお前がゴーレムの形にこだわりたいのは分かった。それでは……』 「…………うう」 通用するのかなぁ、と不安になる。 しかし、やらないと確実に死んでしまう。 なのでギーシュは、バラの造花を振るった。 「む……!」 ワルドが身構える。 バラの花びらは踏まないように、気をつけながら歩いた。そもそも、もうバラの花びらが散乱した辺りは通りすぎている。 だが油断をするわけにはいかない、先ほどのようなトラップが待ち構えている可能性もある。 と、思っていたのだが。 「……?」 自分の眼前には、何も出てこない。特に身体に痛みもない。 (不発か?) 精神が酷く乱れている場合には集中が出来ないので、このようなことはよくある。 所詮は学生か、とワルドは杖を振りかぶってギーシュに攻撃を仕掛けようとする。 「行け、ワルキューレ!!」 「何!?」 しまった、後方にある花びらに『錬金』をかけていたのか、とワルドは急いで振り向いた。 「……!?」 だが、ゴーレムの姿は見えない。 ブラフか、と思って再びギーシュの方を向こうとして、 ドスッ! 「ぬ……!」 脚に、鋭い痛み。刺されたのだと理解するまで1秒ほど要した。 まさかこの学生の言葉は全て偽りで、本当はワルキューレなど出しておらず、先ほどと同じように青銅の刃で刺されたのでは……と、刺された箇所に目をやると、 「……ゴーレム!?」 ギーシュのゴーレム、槍を持ったワルキューレがそこにいた。 だが、小さい。 「な……!!?」 よく見渡してみると、先ほど散らした花びらの数だけ、女性の姿をかたどった青銅のゴーレムが存在している。 ただし、30~40サントほどの大きさで。 『ゴーレムのサイズを小さくしてみろ』 『……いや、それだと力も落ちるし、戦力としては大幅ダウンになるんだが』 『使用する精神力が抑えられるのだから、数は揃えられるだろう。人海戦術を使いたい時には向いているのではないか?』 『いや、だから大きさと単体の戦力がともなっていないとだね!?』 あの時は『何を言ってるんだコイツ』と思ったが、どうやら成功したようだ。 ワラワラと群がる小型のワルキューレたちに、ワルドは面食らっている。 (小型のワルキューレ、というのも名前として味気がないな……そうだ、『プチ・ワルキューレ』という名前にしよう! ついでに大型のは『グラン・ワルキューレ』で!) 浮かれるギーシュ。 プチ・ワルキューレたちは、ザクザクとワルドの身体を刃で突き刺していく。 だが。 ビュゴォォオオオオオッッ!! 「ああっ!?」 ワルドの身体にまとわりつくようにして発生した旋風によって、全て薙ぎ払われてしまった。 「本当に……やって……くれるね、ギーシュ・ド・グラモン君……。道理で振り向いてもゴーレムの姿が見えないわけだ……。何せ、視界に映らないほど小さかったのだからね……。しかし、たかがドット程度にここまで傷を負わされるなど、思ってもみなかったよ……!!」 「あ、いや、その、えっと」 血まみれの姿の敵から怒気や殺気を向けられたので、ギーシュはしどろもどろになる。 もはや打つ手は尽きた。 今更、少しばかり大型のワルキューレを作ったところで、この男に通用するとは思えない。 またユーゼスの言葉が頭をよぎる。 『……まったく、わがままな男だな。トラップは駄目、形状変化も駄目、サイズ変更も駄目。では何をしろと言うのだ』 『いや、だからワルキューレが今の姿と大きさを維持したままでだね……!』 (うぐぉぉぉぉおおおおおおおお~!!) 今度こそ、ユーゼスによってもたらされた本当に最後のアイディアを思い出す。 (つ、通用してくれ……!) 祈るように、造花を振るった。 花びらが一枚舞って、青銅の戦乙女が現れた。 ……大きさは人間大。武器は剣を持っているが、それ以外に取り立てて目立った点はない。 ワルキューレは、ゆっくりと歩を進めてワルドに向かう。 「フン、最後の悪あがきか」 ガシャン、ガシャンと歩いてくるワルキューレを、ワルドは『ウィンド・ブレイク』を使って吹き飛ばそうとする。 ビュゴォウッ!! 「や、やった!」 「何だと!?」 しかし、ワルキューレは多少は身体を動かしたものの、吹き飛ばされはしなかった。 「どういうことだ!? 最初に吹き飛ばしたものとは違うのか!?」 驚愕している間にも、ワルキューレはゆっくりと歩み寄ってくる。 そしてある程度の距離まで近付いた時点で、 「よ、よし、ワルキューレ! 『ディスタント・クラッシャー』だ!!」 「!?」 またバラの造花を振るギーシュと、どんな攻撃が来るのかと身構えるワルド。 しかしワルキューレは両腕をこちらに突き出すだけで、特にアクションは起こさない。 一体何なのだ、といい加減にこの少年の相手が嫌になってきたワルドだったが、そんなことを思った次の瞬間、 ドゴォオオッッ!! 「ご…………ハッ!」 左腕が彼の胸を貫かんとでもするように、物凄い勢いで飛んで来た。 口から血が吹き出る。 ベキベキ、とアバラが折れ砕けていく音がする。 ……よく見てみると、飛んで来た腕は完全にゴーレムと離れているわけではなく、鎖で繋がれている。 そしてその腕の断面は、 (空洞では、ない……!?) 中身に隙間が、それほど存在していない。土や粘土などの柔らかい物質ならばともかく、青銅のような金属製のゴーレムの場合、これではまともに動けるはずがない。 (……やたらと遅く動いていたのは、それでか……!) 『ウィンド・ブレイク』で吹き飛ばせなかった理由も、これで合点がいった。ただ単純に、重かったのである。 一方、そんな奇襲に成功したギーシュはと言うと、 (せ、成功した……!) ジャラジャラと鎖を巻き戻させながら、ぶはあ、と盛大に息を吐いていた。 形を維持したいのならばワルキューレの装甲を厚くするか薄くするかしろ、と言われたことを思い出し、ならばと思いっきり厚くしてほとんど隙間すら無くなってしまったことに気付いた時には、もう生きた心地がしなかった。 そして、彼の知人とやらが操っていた『ゴーレムやガーゴイルのような物』(としかユーゼスは説明してくれなかった)の武装、『ディスタント・クラッシャー』を模した攻撃。 ユーゼスが説明した、その仕組みは単純だ。 ワルキューレが、肘から先を切り離す。 すかさず長めの鎖を『錬金』で製作して、2つの切断面を繋ぐ。 それと同時に、切り離した腕の切断面に爆発物を『錬金』する。 あとは『着火』で火を付けるだけ。 なお、腕の切断面は真っ平らではなく筒状にしておかなければ、真っ直ぐ飛ばないので注意すること。 ……何より重要なのは、これらの行程は一瞬以内の時間で行わなければならない点である。ボヤボヤしていると、切り離した腕が地面に落ちてしまうからだ。 これだけの行程を瞬時に行うのはいくら何でも無理なので、ギーシュはワルキューレを作る際、腕に切れ目を入れ、ワルキューレの中にあらかじめ鎖を仕込み、更に火薬も仕込んでいた。 「よ、よぉし……!」 そして、今発射したのは左腕。 武器を持った右腕は、まだ残っている。 ワルキューレはその右腕をワルドに向けて、 「がっ、ま……!」 敵が右手を突き出してきたが、呼吸困難なために何を言っているのかよく分からないので、構わずに発射した。 ドシュッッ!!! ワルドの身体が両断され、その身体が消えていく。 「ふ、ふはぁ~~……」 思わずその場にへたり込むギーシュ。 辛く険しい戦いだったが、この戦いを一言で表現するならば、 「セ、セコい……」 これであろう。 何しろ、有効な攻撃は全て『相手の油断や不意を突く攻撃』であったし、『正面からまともに打ち破った』要素など皆無である。 「今度は、もっと堂々とした戦いをしたいなぁ……」 でも無理かなぁ、などと呟くギーシュであった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
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前ページ次ページゼロの騎士団 ゼロの騎士団 PART2 幻魔皇帝 クロムウェル 2 「祈祷書と動き出す歯車」 夜、ルイズの自室 明日の使い魔の品評会の前に、ルイズは溜息をついていた。 「せっかく姫様が来てくれたのに、明日の品評会に出られないなんて」 ルイズは、この品評会でニューの魔法を披露しアンリエッタから言葉を頂きたかったのだが、自身の使い魔の存在が、ルイズの晴れ舞台を阻止したのだ。 「仕方ないだろう、オスマン殿が言った事なのだから」 ニューが、何度も聞いているのか、投げやりな態度で応える。 ルイズ達、三人の使い魔は既に学園内での認知はされていたが、さすがに、王女相手にニュー達を見せる訳にはいかなかった。 特に、ニューの魔法は下手をすれば、アカデミーが手を出すかも知れないので、ルイズは自身の姉を思い浮かべ、渋々それに従った。 もっとも、キュルケとタバサは留学生という事もあり、特に落胆は無かったが、当初、ルイズは優勝間違いなしと思っていただけに、溜息ばかりを付いていた。 その時、ルイズ達の部屋を叩く音が聞こえた。 誰だろう?そう思いながら二人が顔を見合わせる。キュルケなら、勝手に入ってくるであろうし、タバサはそもそも来た事がない。 「どうぞ、あいていますよ」 ニューが取り敢えず、入室の許可を出す。 それを聞いて、部屋の扉を開ける音がして、フードをかぶった人影が入ってくる。 中に入るなり、小声で何かを言いながら、中の様子を確認する。 そして、徐にフードを取った顔を見た時、思わず驚き二人は声を上げた。 「姫様!」 それは朝、周りから見たアンリエッタの顔であった。 その反応に、特に気にせずアンリエッタが部屋のルイズに近づく。 「合いたかったわ!ルイズ」 そう言って、ルイズの手を取る。 「姫様、どうしてこんな所に!?」 「貴女に会いたいからに、決まっているわ!ずっと貴女とお話ししたかったの!ルイズ、今日、私、道にいた貴女の隣に変わったゴーレムを見かけましたの!初めて見ましたわ、ルイズ、貴女も使い魔召喚に成功したのですね、見せて下さらない?」 アンリエッタが早口でまくしたてるが、その中の内容が気になったのか、ルイズは言葉を濁らせる。 「姫様、そのゴーレムって、赤い羽根の様なものを付けていません?」 アンリエッタの背中に居る、ニューを見ながら困惑した顔でルイズが伝える。 「そうですわ、ルイズ、あれは何なのか知っていますの、教えて下さらない?」 アンリエッタが嬉しそうに、自身が見たゴーレムが何なのかを見る。 「姫様、後ろにいるのが、そのゴーレムだと思います。」 ルイズが、後ろにいるニューを指差す。 それを見て、アンリエッタが振り返るとそこには朝、馬車から見たゴーレムが居た。 「そう、これです。ルイズこのゴーレムは何ですか?」 アンリエッタが、彼女は初めて見た玩具の様に興奮気味な状態で更に手を強く握る。 「それは……私の使い魔です。」 本当に、申し訳なさそうにルイズが声を出す。 「初めまして、アンリエッタ様、私はルイズの使い魔をしているニューと申します。」 丁寧に、ルイズが知っている限り、主にもやった事のない動作でニューが自己紹介する。 それを見て、アンリエッタは驚きからか、握った手を弱める。 「話すのですか?あなたは一体……」 話した事がよっぽどショックだったのか、アンリエッタは言葉を失う。 「姫様、ニューはスダ…ドアカワールドと言う異世界からやって来たらしいです。本当は信じたくないのですが、この世界の生物と認識するのが怖いのでその言葉を信じる事にしています。」 「さりげなく、酷い事を言っていないか?」 ルイズの、自分の説明の中に、明らかに悪意のある部分を感じ取り指摘する。 ルイズとニューはお互いに、アンリエッタにニュー達の事を話した。 アンリエッタも、最初は驚いていたが、三人の行動を聞くうちにそれもなくなり、終には、笑いだす程であった。 「そうですか、あなた達三人がフーケを捕らえたのですか、今度何かお礼をしないといけませんね」 「いいですよ、姫様、コイツにお礼なんて」 ルイズが、ニューを指差しながら、謙遜する。 「ルイズ、そう言う事は私が言う事だ、ちなみに、お前は何も私にしてくれなかっただろう」 「調子乗ってんじゃないわよ、この馬鹿ゴーレム!」 ルイズが、いつもどおり拳を見舞いそれを見たアンリエッタが笑いだす。 室内には和やかなムードが漂っていた。 「姫様、ところで、何でこんな時間に?」 ルイズが、ふと気になったのかアンリエッタに理由を尋ねる。 アンリエッタならば、自室にルイズを呼んで人払いをすれば良いだけである。 「気になった事がありますので、それに貴女にある物を渡したかったのです。」 アンリエッタはそう言うと、小さな辞書の様な本を取り出した。 「ルイズ、「始祖の祈祷書」を知っていますか?」 「たしか、始祖ブリミルが記述したという古書と言われる奴ですよね?」 ルイズが自分の知識から、知っている情報で応える。 始祖の祈祷書はその存在よりも、歴史上、数多の偽物とそれにまつわる物語を生み出してきた曰くつきの一品であった。 トリステイン王家が所有しているが、それを偽物だと言う貴族まで居る始末であった。 「これは、その始祖の祈祷書です。」 「えっ!これが祈祷書ですか?けど、この祈祷書がどうしたのです。」 ルイズが疑問を抱きながら、祈祷書を見つめる。 「私は数日前、夢の中で始祖の祈祷書を貴女に渡せと言われました。そして、あなたが虚無の力を持っている、そう告げられました。」 アンリエッタが、目をつむりながら数日前の出来事を話す。 「私が虚無……」 「ルイズ、虚無と言うのは確か4系統では無い系統では無かったか?」 講義で習った事を思い出しながら、ニューが虚無についての知識を披露する。 「そうです、今は失われてしまった系統、それが虚無です。そして、ルイズには虚無の系統であると言っていました。」 今でも、おぼろげながらその光景が忘れられず、アンリエッタが呟く。 「けど、それは夢ですよね、だいたい、誰がそんな事を言っていたんですか?」 「はい、姿は解らないのですが、それは、光の化身と名乗っていました。そして、それはこうも言っていました。この世界に邪悪なる物が現れようとしている。そして、そこからさらに邪悪なる物が現れ、この世界を破滅に導くであろう」 暗い表情で、アンリエッタが話を終える。 (ルイズよ、汝の世界は大きな闇に包まれる。汝は戦わねばならん。) ルイズにはいつかの夢の言葉が思い出された。 (それって、私の夢でも言っていた事なのかな) 「……姫様、実は私も似たような夢を見ていたのです。」 「まぁ、本当なのですか?ルイズ」 アンリエッタがその事に興味を持ち、夢での事を説明する。 「あなたも、そんな夢を見るなんて……偶然とは思えないわ」 アンリエッタが頷くのを見ながら、ルイズは、ニューの方を見やると何か考え事をしていた。 「ニュー、何考えているの?」 「ドライセンの事を考えていたのだ」 ニューは先日での、モット伯での出来事を思い出す。 ドライセンは何者かの命令で動いていた。そして、それはモット伯まで知っていたのだったから。 「ルイズ、アンリエッタ王女にすべてを話そう」 ニューがルイズに伏せていた話の許可を求める。 (モット伯の事は秘密にしていたかったのに) ルイズが、アンリエッタの方に顔を向ける。 ルイズ自身がここ最近の出来事は夢の様な出来事であっただけに、話すのは躊躇われた。 「かまいません、ニューさんお話し下さい。」 アンリエッタは聞く気になっていた。アンリエッタにとってこの間の夢といい、自分は何一つ知らない、だからこそ全部知っておきたかった。 ルイズは二人に見つめられて覚悟を決めて、隠しておいた話を切り出した。 モット伯の家に向かった事、そして、その途中でニュー達の敵であるドライセンと戦った事、学園の宝物庫にある物がニュー達の世界である物であり、宝物庫にある獅子の斧をモット伯が狙っていた事。 ルイズは、本来秘密にしておくべき事をアンリエッタに明かした。 「そうですか、これで納得行きました。夢などでは無く警告であると言う事に……」 (レコン・キスタでは無い邪悪なる物、そして、ニューさん達の世界の魔物がこの世界に現れた事、ハルケギニアに危機が迫っているのは本当の事なのですね。) アンリエッタはすべてを聞いた後、自身の夢が唯の夢ではない事を確信するのであった。 「モット伯は私が喚問します。ルイズ、お告げ通りに私はあなたに始祖の祈祷書をお渡しいたします。」 自身のやるべき事に従い、アンリエッタはルイズに始祖の祈祷書を渡す。 「いいのですか?これはトリステイン王家に伝わる大切な物なのに……」 「始祖の祈祷書は、私の婚姻に立ち会う巫女に貸し出すものです。私はルイズに頼もうと思ったから、時期が早まっただけです。」 ルイズの顔を見ながら、アンリエッタが、嬉しそうに笑う。 「姫様……」 「けど、私はなにも力がありません。あなた達の力を借りる事になります。」 「はいっ!ちょっと、ニュー!アンタも返事しなさいよ!」 「厄介な事になったな……まぁ、分りました。アンリエッタ王女、私達、アルガス騎士団も力をお貸しします。」 (帰るつもりが、厄介な事になった。しかし、ドライセンといい、ルイズや姫様が見た夢と言いこのまま無事に済むわけは無いだろうな) ジオンの残党がいるなら戦わねばならない。という理由はアンリエッタとルイズに力を貸す理由は充分であった。 「あなた達が力を貸してくれるのを、アンリエッタ、心より感謝いたします。」 アンリエッタが畏まって礼をする。 その後、二人はアンリエッタを彼女の部屋の近くまで護衛した。 後日、二人を呼び出す約束をしながら。 「何か凄い事になっちゃったわね、私が虚無だなんて」 長年失われた、伝説の系統と言われても未だに、魔法が使えないルイズには喜べることでは無かった。 「そうだな、よりにも寄ってルイズがいきなり虚無だと言われたら、それは姫様も戯言だと思うよな」 もっともらしく頷き、ニューはルイズを見るがそこには居なかった。 「この馬鹿ゴーレム!何、ご主人様に失礼な口きくのよ!」 ニューにとっては、その日は珍しく、3度目の制裁を受けるのであった。 次の日は品評会の日であったが、出場の必要の無いルイズ達には休みと変わらなかった。 アンリエッタは忙しいのか、その日のうちに城へと戻って行った。 そして、品評会から次の日 朝 ルイズ達が朝食を食べて出席すると空白の席が二つあった。 「あれ、キュルケとタバサはいないの?」 二人が朝食に来ないのは、ルイズは二人が寝坊しただけだと思っていた。 「タバサは知らないけど、キュルケはダブルゼータを連れて、この間のアルビオン旅行に行ったわよ、ギーシュが勝っていれば、私達が行けたのに」 この間のレースを思い出し、モンモランシーは二人の居ない理由を語る。 タバサは時々、このように居なくなる事があったから驚かなかったが 「アルビオンに旅行って、今の状況知らないの?」 アルビオンは現在内戦状態で、旅行に行くなどと言う精神がルイズには理解できなかった。 「あの二人ならやりかねないわよ、私も明日から出かけるんだけどね」 「別に、アンタの用事なんてどうでもいいわよ」 つまらなそうに、ルイズが答える。 「そう言えばここ最近ミス…ロングビル見ないんだけど、あなた達何か知らない?」 モンモランシーの何気ない話題が二人をあせらせる。 「しっ、知らないわよ」 「ああっ!家族に何かあったんじゃないか」 突然自分達にとってのマイナスな話題に、ルイズとニューは慌てて否定する。 自身の趣味で雇った人間が盗賊であったなどと言ったら、敵の多いオスマンはタダでは済まないし、それを見過ごす程老いぼれてはいない。帰ってからすぐに、ルイズ達に緘口令をひいて、自身の失態を洩れないようにしていた。 「まぁいいけど、何であなた達出なかったの?多分優勝できたわよ」 優勝したの、ギーシュだったしと、モンモランシーが付け加える。 昨日の品評会は本命がおらず、結果的に、綺麗な鉱石を見つけ出し、献上したギーシュのヴェルダンデが優勝した。 「仕方ないじゃない、ニューの魔法を見られて、アカデミーに連れていかれる訳にはいかないし」 ルイズ自身も優勝を確信していただけに、欠場は悔しかった。 「まぁ、確かにあなたの使い魔は凄いからね」 「使い魔の部分を強調していない?モンモランシー」 ルイズがこめかみをひくつかせながら、モンモランシーに笑顔で犬歯を剥く 「だって、ニューは凄いじゃない、攻撃だけでは無く、回復まで使えるし、何時だったかゼータを蘇生させたのは先住魔法よ」 自身が、水系統であり、傷を治す事が出来るだけに、ニューの回復魔法は凄まじい者であった。 「リバイブは疲れるからあまり使える事は出来ないがな」 「それもだし、マディアも凄いわよ、普通ルイズが教室爆破した時はけが人の手当てが大変だったのよ」 一年の頃、自身が怪我しているにもかかわらず、更に重傷のギーシュを手当てした時の苦労を思い出し、モンモランシーはその事を振り返る。 「ちょっと、モンモランシー、ニューにあんまり話しかけないでよ、コイツは私の使い魔なのよ!」 二人が近くなった事を気にして、その間にルイズが割って入る。 その後、いつも以上に気合の入った挑戦で、教室は全壊し、ニューの魔法が改めて頼りにされているのをモンモランシーは実感した。 それから3日後、ルイズ達は約束通りアンリエッタに呼び出され、アンリエッタの私室へとやって来た。 (さすがは、王族だな……) アンリエッタの私室は小さいながら、調度品などはやはり王族としての風格を漂わす物であった。 「ルイズ、ニューさん大変な事が起こりました。」 そう言った、アンリエッタの顔は暗く緊張感が現れていた。 「今朝、モット伯が……死にました。」 「うそ!」「なんだって!」 ルイズとニューもモット伯の死に驚きの声を上げる。 「死因は自殺と言う事ですが、不審な点が多すぎます。」 一昨日、アンリエッタは3日後にモット伯の喚問をする為に、使者を送ったばかりである。 しかし、モット伯は今朝、毒物をワインと飲んで、死んでいたと言う。 「いったい誰が……」 「おそらく、レコン・キスタの手の物でしょう」 「レコン・キスタ……」 ルイズもその名前には聞き覚えがなかった。 「アルビオンの反乱軍の組織名です。このトリステインにも、入り込んでいると言われております。おそらく喚問の情報を聞きつけて、さきにモット伯を始末したのでしょう。」 アンリエッタが、沈痛な面持ちでつぶやく。 アンリエッタは今回の喚問を表向きはただの、謁見のみと言う情報であった。 しかし、レコン・キスタはモット伯の名前が危険だと気付き、処分したのであろう。 レコン・キスタの存在は掴んでおり、一部には内通者がいる事は掴んでいたが、特定までは出来なかった。今回の事でも、アンリエッタ自身にしてみれば、後手に回ったと言える。 「ルイズ、レコン・キスタの次の目標はおそらくこのトリステインです。」 「この国だと言うのですか、それにまだ、アルビオン王国軍が居るじゃないですか!」 ルイズが知っている限り、アルビオンは現在内戦中である。アルビオンはアルビオン王立空軍を始めとした、強力な軍事力を保有している。反乱軍に負けるとは思えなかった。 「反乱軍の首謀者はオリヴァー・クロムウェルと言う男で、噂では虚無のメイジ等と呼ばれております。」 当初は、一部の貴族と平民の反乱かと思われていたが、徐々に、貴族を取りこみ平民を増やしながら、卓越した情報戦を展開し、攻守を逆転してしまった。 もはや、アルビオン軍はニューカッスル城にまで追い詰められていた。 「この間言った通り、ルイズ、貴女に頼みごとがあるのです。」 「はい、姫様私でよければ、何でも申して下さい」 礼をしながら、ルイズが片膝をつく。 (安請け合いをするな、ルイズ!) ニューがその様子を見て、ルイズを罵倒する。その状況で、出される頼み事は決して簡単なことでは無い。 (しかし、モット伯はドライセンとつながりがあった、そして今回の自殺といい無関係ではないだろうな……) モット邸の所に現れたドライセン、そして、そのモット伯を自殺に追い込んだレコン・キスタ。それは、何かしらの繋がりを示していた。 「姫様、それは危険な事ですよね?」 「ニュー、アンタは黙ってなさい!」 ニューが意図を含んで、アンリエッタに問いかけるのを見て、ルイズが不快感を表す。 しかし、アンリエッタは不快感を示さず首を無言で縦に振るだけであった。 「いいのです、危険な事に変わりはありません。頼みたい事とはあなた達に、アルビオンに赴きアルビオン皇太子、ウェールズ…テューダー様から、手紙を回収してきて欲しいのです。」 「内戦地区に、ルイズを送り込むのですか!?」 自身が考えていたレベルよりも、過酷な任務にニューも声を荒げる。 ニューは精々、レコン・キスタの内通者が町に居ないかを見つけて、報告するだけだと思っていた。しかし、出された任務は、内戦地区への潜入及び回収である。 ルイズは、素人の上に旅慣れていない。そんなルイズを送り込むなど正気の沙汰とは思えなかった。 「危険な事は解っています。しかし、その手紙をレコン・キスタはおそらく狙っており、それを口実にレコン・キスタはトリステインを攻め入るでしょう。」 「だからと言って、ルイズは素人です。こう言った任務に適した人物はいないのですか?」 おそらく、こう言った事を行うのに適した人物がいるであろう。ニューはそう思いアンリエッタに詰め寄る。 「軍人の中にはレコン・キスタの息のかかっている者もいます。信頼できる人物に頼みたいのです。もちろん、腕の立つ護衛をつけます。」 「ニュー、アンタは黙っていて!姫様、このルイズ、必ず使命を果たして見せます。」 感極まったように、ルイズが承諾する。 「勝手に、承諾するな!今は、ゼータやダブルゼータが居ないんだぞ!」 (私だけでは、負担が大きすぎる。) ニューは二人に劣っているとは思っていない。しかし、自分が全てを行えるとも思っていない。それは、尊敬するアレックスやナイトガンダムも同じであろう。 二人との仲が悪かった頃のニューなら絶対考えないであろう発言であるが、強敵との戦いや、数多くの修羅場を潜り抜けて来ただけに、今回の任務はあの二人の力は必要であると感じていた。 また、戦いに勝つために私利私欲を考えず、時に自分が犠牲になりながらも、自分達を支持するアムロはニューにとって、尊敬する一人であった。 「ニュー……アンタ、ダブルゼータやニューが居ないと戦えないの?」 ルイズが、先ほどの熱くなった表情から、途端に冷笑と軽蔑の籠った眼差しに切り替わる。 「何、ルイズそれはどういう事だ?」 ルイズのその言葉に何かを感じたのか、ニューも切り返す。 「別に、アルガス騎士団の隊長などと言っている癖に、二人が居ないと何もできない何て言うから、少しねぇ……あなたが臆病者だなんて、初めて知って驚いているだけよ」 そう言いながら、ルイズが含みのある視線を送る。 (ニューが居ないと、さすがに私だけでは任務は行えない。ここはニューを挑発して上手く動かさないと) ルイズの事を付き合っているうちに、動かすポイントを見つけたニューだが、それは、ルイズも同じである。 ニューとて、聖人君主では無い、言われて嫌な事はある。そして、ルイズはそれを見つけていた。 「ふざけるな!これは大事な事なんだぞ!」 ニューも珍しく激昂する。 ニューにとってのそのポイントはゼータとダブルゼータである。悪と言う訳ではないが、 だからと言って必要以上に慣れ合う訳でもない。特に今でも、二人より劣ると思われるのはニューにとっては遺憾であった。 3人は戦友であり、ライバルでもある。見下してはいないが、かといって劣っているとも思っていない。その関係がアルガス騎士団の扱いを難しくさせる原因であり、アレックスを悩ませていた所であった。 「そう大事な事、だから二人を待ってはいられない。それに私はあなたの事を信用しているの、あなたが二人に劣る訳ないわよね、法術隊長のニュー?」 ニューの肩書を強調しながら、ルイズがささやく。 その様子を見て、アンリエッタが心配そうに二人の顔を見やる。 「当然だ、あの二人が居れば成功率が上がるだけで、私一人でも問題ない、ただゼロのご主人様が心配だったから保険をかけただけだ。アンリエッタ様、主ルイズと、このニューその任務、遂行させていただきます。」 ニューが片膝をつき、アンリエッタに承諾の意思表示をする。 「やっていただけるのですね!ルイズ、ニューさん、よろしくお願いします。」 そう言いながら、自身の指輪を外し、ルイズに手渡す。 「これは水のルビーです。これを見ればウェールズ様はきっとお分りになってくれます。」 自身にとっては思い出の品であるが、ルイズ達の身分を証明する事になるだろう。 「では、失礼いたします。」 二人が、一礼し、部屋を出ていく。 「頼みましたよ、ルイズ、ニューさん」 誰に聞こえるともなく、アンリエッタは呟き窓から外を見る。 自身の最愛の人が居る大地は暗い雲に包まれていた。 「23 ルイズ、頼みましたよ」 王女 アンリエッタ ルイズに、始祖の祈祷書を託す。 MP 30 (相手のHPを吸い取る。) 「24はぁ、優勝すれば賞金が手に入ったのに」 香水のモンモランシー ギーシュの恋人? MP 300 ゼロの騎士団 PART2 幻魔皇帝 クロムウェル 2 目の前に、異形ともいうべきものが現れる。 彼は自分がもうすぐ死ぬのではないかとその時思っていた。 「いやだ、私は死にたくないのだ」 それは何も言わなかった。 ただ、それは、指輪をかざすのみであった。 「やめてくれ!やめて……」 言葉が途切れ、瞳に正気を失う。 彼はただ、グラスをあおる。 「おやすみ……」 その一言を最後に、朝まで沈黙が訪れた。 前ページ次ページゼロの騎士団
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前ページときめき☆ぜろのけ女学園 (タバサに人間だって知られちゃったわ。このままじゃ他の妖怪にもバレて、襲われちゃうかもしれない。食べられちゃうかもしれない) そんな事を考えつつ、ルイズは布団に包まっている猫耳の少女を見据えていた。 (そんなの絶対に嫌!! そんな事になるくらいなら、私は、キリと同じ猫股になるわ!) 決意を込めて布団をめくり上げるルイズ。 そこでは、キリと同じ猫股だが別の少女が静かな寝息を立てていた。 (ま、間違えたああ!) ルイズは頭を抱え心中で絶叫する。 その時、背後で襖が開く音がした。 「ひ……っ(誰か来たっ!!)」 慌ててキリの掛け布団に潜り込む。 「……ル、ルイズ?」 文字通り「頭隠して尻隠さず」という状態になっている何者かの正体を匂いで看(?)破し、キリはそう声をかけた。 「……キリ」 「ルイズ! そんなかっこで何してんの!?」 「これは~、その~」 キリに尋ねられたルイズがしどろもどろになっていると、 「ううん……、うるさいな……」 もう1人の猫股が寝ぼけ眼で体を起こした。 「キリ? どうかした?」 ルイズはそれより一瞬早くキリの布団に潜り込み、キリは何事も無いように装って答える。 「あ……、暑くて水飲んできた。ごめん……、起こしちゃった?」 「あ……、そ」 猫股はそう答えると即座に眠りについた。 安堵の溜め息を吐いたキリは、 「ルイズ、今のうちに部屋戻ろう」 と布団の上から声をかけるもルイズの反応は無い。 代わりに自分の下半身に奇妙な違和感を覚え始めたため、布団をめくる。 「ちょ……、ルイズっ、何してるの!?」 「し……、下のお口っ!」 そこではルイズがキリのスパッツを下着ごと脱がそうと引っ張っていた。 「は!? ええっ!? ええええええ?」 「下のお口……、下のお口ってどれ? どこ? どうしたらいいの!?」 「ルイズっ、どうしちゃったの? 落ち着いて!!」 ルイズの突然の行動に混乱しつつも何とか落ち着かせようとするキリ。 しかしそんな彼女にルイズは、 「私、猫股になるって決めたの……!!」 と自分の決意を告白した。 「え?」 呆気に取られたキリ。そこに、 「むにゃ……、うるさいな……」 先程の猫股が目を擦りつつ再度体を起こした。 2人は即座に布団を頭まで被って狸寝入りを決め込む。 「……あれ?」 周囲を見回した猫股が三度眠りにつくと、 「………」 「………」 しばらく息を潜めてからルイズ・キリは会話を再開した。 「ねえルイズ、自分の言ってる事わかってる?」 キリからの問いかけにルイズは赤面しつつ頷く。 「猫股になったら、もう人間には戻れないんだよ? それでもルイズは本当に猫股になりたいの?」 (他の妖怪に襲われるくらいなら、猫股の方がいいに決まってる) 心中でルイズはそう呟き、キリからの再度の問いかけに再び決意を口にする。 「キリ……、私を猫股にして」 その言葉にキリはルイズをそっと抱きしめる。 「ありがとう、ルイズ。私凄く嬉しいよ」 「キ……、キリ」 そして2人はそっと口づけ合う。 (だから……、だから……、これでいいのよね……) キリが優しく胸を揉む感触に耐えられず、ルイズの口から声が漏れる。 「ふ……っ、うん、キ……、キリ、どうして胸を触るの? 下のお口……でしょ?」 「だって気持ちいいでしょ。ほら……、下のお口も気持ちいいって言ってる」 「やんっ!」 嬌声を上げたルイズの口を自分の口で塞ぐキリ。 「ふっ、んっ、やあ」 「ルイズ、声出したら駄目」 「んん」 キリはそっとルイズの下半身に手を伸ばしていく。 (何これ何これ、こんなの初めてよーっ!! き……、気持ちいいよ~!) さらにキリの口がルイズの胸を攻める。 「はっ、キリ……、駄目、もう駄目。あ、お願い、早く猫股にしてっ!」 「ルイズ、可愛いな。無理なら今日はもうここまでにしよ?」 「だ……、駄目っ。だって……、だって、タバサに人間だって知られちゃったから、私早く猫股にならなきゃ!」 「……タバサに……、だからそれで突然……」 そう呟いたキリはそっとルイズから離れ起き上がる。 「キリ……?」 「ルイズ、駄目だよ。そんなの駄目だよ」 「キリ……、駄目って……、どうして!? だって私猫股にならなきゃ他の妖怪に……っ」 「タバサには私から話をつけてくるから大丈夫」 「でも……」 「だからそんな理由で妖怪になるなんて言わないで!!」 キリが荒げた声にまたも隣で寝ていた猫股が体を動かす。 「キリ……、声大きいよ……。うううん……」 その声に一瞬沈黙した2人だったが、ルイズの方から声をかける。 「……何か怒ってる?」 「………」 しかしキリはそれに答えず布団に潜り込んだ。 「もう寝よう。今日はここに泊まっていっていいから」 「キリ……」 ルイズも仕方なく布団に潜り込む。 (タバサに知られちゃった事も、キリの様子がおかしかった事も心配なのに――) しかしルイズの頭の中は先程のキリとの事でいっぱいになっていた。 (あんなに気持ちいいなんて……。どうしよう、もっとしたい!) その夜、ルイズは一睡もできなかった。 前ページときめき☆ぜろのけ女学園